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野良本Vol.44 歩く / ヘンリー・ソロー

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私にとっての「歩く」こと

私が「歩くのが好きだ」と思うようになったのは、いつからだろう。

高校の時は、下校時に駅まで歩いて帰ることが多かった。部活動が盛んな高校だったから、いわゆる帰宅部の私は肩身が狭い思いをしていた。反抗期真っ盛りだったこともあり、親に歯向かい、世の規則に歯向かい、社会性というものに歯向かっていた時期だった。ゆえに、友人らしい友人も少なく、今思えば寂しい青春時代を過ごしたように思う。

それでも、そんな私に付き合ってくれる友人が一人や二人はできて、その者らと学校から駅までの3キロ弱の道のりを歩いて帰った。別段、楽しい会話をした記憶もないが、歩いて帰ったという記憶だけが、今も残っている。

高校を卒業すると、東京に出た。都会の風景は眺めているだけでウキウキした。
東京では、よく歩いた。鉄道が発達しているし、車の免許もないし、車自体を持つ金もなかったから、移動は専ら「歩く」&電車だった。学生寮から駅まで歩き、駅から学校まで歩いた。

休日になれば、原宿やら渋谷やら代官山やらを歩いた。この頃は、そういった町が好きだった。今では、浅草やら神田やらが好きだけれど。といっても、コロナ以降まったく東京に行っていないな。

ビル群の合間を歩き、洒落た店々の合間を歩き、繁華街の飲み屋の合間を歩いた。東京の風に吹かれてそのような場所を歩くことで、田舎者の私はただそれだけで満足した。

それでもこの頃は「歩くのが好き」とは思っていなかった。歩いて移動するのが普通だったし、金のかからない移動手段の一つであったから。「歩く」ことが目的にはなっていなかった。

やがて、田舎に戻ってきて、私は「歩かぬ人」となった。移動は専ら車だった。車がないと、どこにも行けない。買い物にも酒飲みにも食事にも。しかし、車があれば、どこにだって行ける。買い物、酒飲み、食事はもちろん、夜景を見に行ったり、肝試しに行ったり、温泉に行ったり。車があれば、歩かなくたっていい。

そんな生活がしばらく続いた後、山を歩くようになった。登り坂下り坂、平らな道、沢沿いの道、がけっぷちの道。木々や草の合間を、とぼとぼと、しかし心は軽快に、よく歩いた。

街の音は木々で阻まれ、しぃんとした山の中を一人で登っているととても心が落ち着いた。春先の新緑や草花を見るのもよいし、夏場の鬱蒼と茂った草木の中を歩くのもよい。秋の落ち葉を踏みながら歩くのもよいし、冬場の寒々と冷え切った空気の中や雪の中を歩くのも、またよい。時には友人を連れて歩き、時には彼女を連れて歩いた。一人の時とは、違った山歩きの楽しみがあった。

自然の中を歩くことが、こんなにも気持ちが良いなんて。私は暇な日を見つけては、近くの山を歩くようになった。

そのうち、妻と出会った。妻は趣味らしい趣味がない女性だった。落語、読書、山歩き、映画、酒飲み、旅行……趣味ばかりの私とはまったく逆の人生を歩んできた人だった。だから私たちは「趣味が合う」なんて口が裂けても言えない関係だった。でも、ひとつだけ。彼女は「歩く」ことが好きだった。

妻と出会ってから、私は妻と一緒に歩くことが多くなった。山だけではなく、街も歩いた。知らない町、知っている町、旅先でも、町中をひたすら歩いた。昼夜問わず、歩いた。

私は、歩く妻が好きだったし、妻と歩くのが好きだった。

妻は、いくら歩いても、愚痴を言わぬ人だった。むしろ、「あー、歩いた」と清々しい表情を浮かべる人だった。歩き過ぎて足を痛めてしまうこともあった。「ごめん」と謝ると「何で謝るの? 疲れたけれど楽しかったよ」と言う人だった。

そんな人と、人生を一緒に歩いてみたくなった。

歩く

出版社 ‏ : ‎ ポプラ社
著者 : ヘンリー・ソロー
発売日 ‏ : ‎ 2013/9/10

ヘンリー・デイヴィッド・ソローは、アメリカの小説家、詩人、哲学者、自然学者。この本「歩く」には「森の生活」で知られているソローの晩年の文章(講演原稿)が収められている。本の序盤はソローが書いた文章の抜粋と写真が掲載されていて、写真集・詩集のような体裁になっている。そのあとに「歩く」本文が続いているが、その後の解説のページが最も長いという構成。「歩く」ということの尊さと高貴さがソローならではの詩のような美しい文章で書かれていて、うっとり。しかし、「歩く」という人間の基本動作について、ここまで深く考えられるものかと感心する。

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ソローの本

森の生活 上 (岩波文庫)

森の生活 下 (岩波文庫)

ソロー自身がアメリカのマサチューセッツ州・ウォールデン池の近くに建てた小屋で2年2ヶ月と2日を過ごした時の話。文明社会を批判しつつ、森の中での生活が如何に素晴らしいかを詩的表現を交えて書いている。現代では自然を愛する人々にとって、バイブル的な作品となっている。

これを読んだきっかけは、カタログハウスの「ソロー通信」のライターをした時のこと。依頼主のデザイン会社の社長が「取材に行くなら読んでみては?」と勧めてくれたのがきっかけだった。読んでみたものの、当時の私には文章が難しく上巻で挫折。しかし、下巻のレビューを見てみると「上巻とは別の作品のよう」「上巻よりも読みやすい」などの感想が書かれていたので、改めて読んでみようと思った今日この頃。

 

孤独の愉しみ方―森の生活者ソローの叡智

ソローの数々の名言をまとめた一冊。

 

市民の反抗 他五篇 (岩波文庫)

ソローのエッセイ6編をまとめた一冊。「市民の反抗」「ジョン・ブラウン大尉を弁護して」「歩く」「森林樹の遷移」「原則のない生活」「トマス・カーライルとその作品」が収録されている。