降水量の少ない冬だからこそ、登山靴で歩ける湯沢峡
&鎖場だらけの篭岩山。変化に富んだ5時間コース
● 今回登った山
湯沢峡→篭岩山(標高501.3m)

湯沢峡
茨城県大子町にある「湯沢峡」は巨石が散在する登山コースとなっていて、水量が豊富な時期は沢登も楽しめる。屋久島の白川雲水峡のような風景にはうっとりしてしまう。

篭岩山の鎖場
篭岩山は、標高501.3mの低山。篭岩展望台近くには風雨で削られた洞穴がある。岩に丸い穴がぽこぽこと空いていて何とも神秘的。加えて、石仏がいくつも置かれていて、神秘さに増幅させている。登山コースは、傾斜がきつい場所が多く、鎖場だらけの健脚向けコース。
● 登山のあしあと(時間はおおよそ)
8:45 不動滝入口登山口→不動滝→分岐点→抱き返しの滝→作業小屋→尾根→篭岩山頂/昼食(11:15~11:35)→第1鎖場→第2鎖場→篭岩展望台→篭岩→ガレ場→分岐点(戻る)→不動滝→登山口 13:50
歩行時間:約5時間
スポンサーリンク● きっかけは「バリ山行」


先日、私の山の師匠の一人・Nさんと久しぶりに連絡を取った。芥川賞小説「バリ山行」を読んで、Nさんの顔が思い浮かんだからだ。
私「今度一緒にNさんのバリエーションルートを歩かせてください」
Nさんとは、かつて磐梯山や明山、雨巻山などを一緒に登ったが、私の仕事が忙しくなってしまい、とんとご無沙汰をしていた。Nさんは70歳くらいの男性なのだが、とても元気で、体力は40代の私よりもあるくらい。
地図を読み込み、独自のルートを開拓してしまう人で、まさに「バリ山行」の妻鹿さんのようなことをやっている人だった。性格は妻鹿さんとはだいぶ違うけれど(快活で面倒見がよい)。
Nさん「久しぶりなので、バリ山行ではなくて違うルートにしましょうか」
Nさんからそのように返信が来て、私は安堵した。自分から誘っておきながら「バリ」を登ることが不安だったのだ。小説のような場所を歩くことになったら、波多のように滑落してしまうかもしれない。そんなことになったら、Nさんに迷惑がかかってしまうし、何より命が大事だし、滑落したら無事であったとしても痛い思いをするに決まっている。それはちょっと、ごめんだ。
結局、Nさんの進言通り、バリエーションルートではないルートを登ることになった。ただそれは、バリバリのバリエーションではないルートなだけで、一般的な登山道とはちょっと外れたルートだった。「ちょっとバリ山行」といった感じか。
そのルートが、湯沢峡と篭岩山の周回コース。最近山を始めた職場のS先輩も誘って、冬の奥久慈に行ってきた。

登山口
● 湯沢峡の自然美に圧倒される

不動滝付近の登山道
登山から帰った翌日の晩に、コレを書いているのだが、とにかく圧倒されっぱなしの山行だった。山行時の写真を見ると、ふわーっと変な溜息が出てしまう。この溜息には(すごかったなぁ)(日本じゃないみたい、いやこの世じゃないみたいな世界だったなぁ)という感嘆の意味が込められている。これほど感動し、充実した山行は久しぶりだった。
まず、今回のスタート地点にあたる不動滝。なんと、凍っていたんですよ、滝が。思いがけない氷瀑に、Nさん含め皆で驚く。

不動滝。氷瀑していた

ちょっと遠くから不動滝の全景
何度もこのコースを一人で歩いてきたNさんですら「初めて」の光景だったという。山行のスタート地点からして氷瀑が拝めたのだから、幸先が良くないわけがない。実際に、この先も感動の光景の連続だった(恐怖も少し)。

湯沢峡の沢登り
氷瀑を見た後は、湯沢峡を歩く。巨岩がひしめく沢を登っていくコースで、コケのついた大きな丸い岩をぴょんぴょんと跳ねるように歩いていく。

巨岩を乗り越えて湯沢峡の奥へと進む
Nさん「落ち葉のあるところは注意してね。落ち葉に隠れてクレバスみたいなところがあって、落ちてしまうと大変だから」
Nさんの呼びかけにS先輩ともども「はい」と答えて注意して歩く。

湯沢峡の雄大な風景
この湯沢峡を歩きながら見る風景に圧倒された。湯沢峡は、茨城の白谷雲水峡と言って過言ではない。「こだま」があちこちでカラカラと鳴いていてもおかしくない。実際には、びっくりするくらいの「無音」だったのだが。
S先輩「音が何も聞こえないね」
私「あ、そういえば」
沢の水は干上がっている、もしくは凍っているから水の流れる音もしない。鳥の鳴き声もしない。風が木々をゆする音すら、しなかった。
このような静けさの中、沢を登っていくと「抱き返しの滝」が出迎えてくれる。「滝」といっても、水はまったく流れていない。幅は結構広いので、水があったらそれなりの迫力がある立派な滝なのだろう。

抱き返しの滝
滝の前で、少し休憩。Nさんが語り出す。
Nさん「若い頃は仕事を一生懸命やるのが当然だけれど、仕事ばかりだと疲れちゃうし、つまらないから、そんな時は山に行く。山に行って、日ごろの悩みをひとつ、ひとつと、置いていく。で、帰る時にまた悩みを拾って帰る。現実に戻ったら悩みを解決しないといけないからね」
仕事でたくさんの悩みを抱えるS先輩は、Nさんの話を「そうですよねぇ」と相槌を打ちながら聞いていた。やはり、山には何事も捨てて行ってしまってはダメだ。ゴミはもちろん、悩みも命も。なんて思った。
休憩を終えると、抱き返しの滝の向かって左隣にある、さびた梯子を使って滝の上へと登る。この梯子、途中で切れてるところあるやん。うひゃーと言いながら登る。

抱き返しの滝のそばにある梯子
そこから少し歩くと平らな砂利道に出た。道? いや、違う。ここは、川だ。本来水が流れていた場所。けれど、まったく水が流れていなくて、というか、水の気配すらしなくて、歩きやすい砂利道でしかなくなっているのだが、水があった痕跡があちらこちらにあって、ここが元は川であって水が流れていたことはわかる。

川の底を歩く

川の底を歩く2
川の底を歩くという、日常では絶対しないであろう体験は、非日常な視線で景色を見ることができて、大変愉快であると同時に、感動をもたらした。はぁ、と思わず溜息がもれてしまい、時折歩みを止めて、あたりをじっと見まわした。天然水のCMに使われそうな風景だった。

分岐点近くの小屋

沢登コースを終えて、登山道へ
沢登を終えると、登山道に入る。杉林を抜けて、尾根道へ。やがて篭岩山の山頂にたどり着く。

篭岩山頂の標識

山頂からの眺め
山頂からの眺望もよい。小さな山々が周囲に広がり、それはまるで「山の海」のようで、遠くを見れば日光男体山や那須岳、高鈴山、筑波山、その他、福島の山だろうか?雪をかぶった山脈が見えた。
S先輩「この間、一人で御岩山から高鈴山まで登ったんだよ」
私「え、けっこう遠くないですか? 御岩から高鈴って」
Nさん「いや、近いよ。30分も歩けば着くよ」
S先輩「K君(私のこと)は日光男体山には登ったの?」
私「前に登りましたね。苦行でしたが」
Nさん「以前に那須岳で山小屋に泊まったなぁ」
S先輩「いいなぁ、山小屋泊。僕も一人で行ってきました。那須岳」
私「朝日岳、怖くなかったですか?」
そんな風に、山頂では山々を見ながら山の話に花を咲かせた。
● 下山はアトラクション感満載コース

篭岩山のキレット

木の根をうまく使って登る
普段登っている低山では、行きの登りはひいひい言いながら苦労して登るけれど、帰りの下りはすいすいと軽やかに、時には小走りで下っていく、というのが多いのだが、今回は違った。篭岩山の下りはじめから、最後まで、鎖場だらけ。鎖があるということは、傾斜が急ということで。下りで傾斜が急ということは、それだけ転びやすく危険な訳で。
以前に篭岩山のキレットについて書いたが、あの時のコースが下りに待ち受けていた。大きなキレット2つだけではなく、他の場所にも鎖場が多々あって、どこもけっこうな傾斜がついている。
Nさん「帰りの下りは特に注意。このコースは落ちてしまったら大けがもしくは死んでしまうような場所だから」
私(ですよね……)
そんな訳だから、最後の最後まで気が抜けない。緊張しっぱなしだから、足だけでなく精神的にも疲れる。

鎖場が多い篭岩山
登りは喋りながら楽しく歩けたが、下りは無言(私は)。とにかく、安全に下ることに意識を集中させた。
Nさん「山に行くと、死ぬような思いをすることがあるよね。一歩間違えれば死んでしまう、なんていう場所は山には山ほどあるから。山でそんな体験をすれば、仕事の大変さなんて簡単に思えるでしょう」
バリ山行の妻鹿さんのようなことを言うNさん。
そうだな、山も仕事も、死ぬ気でやれば、何とかなる! と気合を入れる。
ようやっとの思いで、篭岩展望台に到着。岩に空いた不思議穴と石仏を眺め、ちょっと神妙な心持になる。

恐怖の梯子
そして、眺める岩にかけられた長梯子。篭岩展望台に来たのは3度目だが、私はこの梯子に一度も上ったことがなかった。「上ったことがない」はずなのに、この時はなぜか「以前にも上ったことがある」という勘違いをしていて、「過去に上ったことがあるならば、今回も上っておかねば」という気持ちになり、梯子に手をかけ、足を上げる。少しばかり上って、「あれ、なんでこんなに梯子がグラグラするの? めっちゃこわいじゃん、こんなの無理じゃん」と思う。そこで、ようやく気付く。私はこの梯子を上ったことがなかったことを。

途中の踊り場のような場所から下をのぞく

梯子を上りきった場所からの眺め
だが、時は既に遅し。中段くらいまで梯子を上ってしまっていた。ここから降りるのもまた怖い。どうせ怖いならば上ってしまえ! と半ばやけくそで梯子を上る。途中、リュックが岩に挟まって、身動きが取れなくなるなどアクシデントはあったが、無事に上りきることができた。
S先輩は「高所恐怖症だから」、Nさんも「前に何度も上ったから」と梯子には上らないはずだった。だが、私が梯子を上りきってから少しして、下から誰かが上ってくる。誰かと思えば、高所恐怖症のはずのS先輩だった。
私「高所恐怖症のはずでは?」
S先輩「いや、せっかくだから上っとこうと思ってさ」
私「せっかくだからって。その程度で上れちゃうなら、絶対高所恐怖症じゃないですよ」
あははは、とS先輩は笑っていた。私は膝が笑っていた(恐怖で)。
そんなこんなで、緊張しっぱなしの下山路だったが、何とか全員無事に不動滝まで戻ってきた。
Nさん「いやぁ、やっぱり素晴らしいねこの滝は」
再び不動滝の氷瀑を撮影するNさん。いや、スタートの時にも撮ったやんけ。だいたいこの人、70歳くらいでしょ? あれだけ歩いてきたのに、ほんとに元気な人だなぁ。
年齢を感じさせないNさんの体力と行動力に、S先輩ともども舌を巻いた。
☆ おすすめの山の本 ☆
芥川賞受賞の山文学「バリ山行」!著者の松永さんは水戸市生まれ!




