亀じゃなくて、犬とおっさんの話
私は眠くなると、亀のような顔になるらしい。うつらうつらとしていると「ほら、また亀になってるよ」と、妻に指摘をされる。動物園などに行って亀がいると「M君(私のこと)がいるよ!」と言われる。子どもらも面白がって一緒になってからかう。
果てして、私は本当に亀みたいな顔になっているのか。ある日、車を運転していて眠くなったのでルームミラーで自分の顔を見てみた。
普段はぱっちり二重でかわいらしく、時に凛々しい私の目は、眠気のせいで半分閉じていた。その表情は確かに、亀に似ていなくもないな、と思った。最近、妻の指摘がエスカレートしてきて、私が部屋のベッドに横たわり、うつらうつらとしていると「寝るな! カメオ!」と言われる。
いつの間にか私は、カメオになった。本名はまったく違い、「オ」なんて付かない名前なのに「カメオ」である。漢字にすると亀男なのか、亀雄なのか、それとも亀夫なのか、この場合どれも当てはまるからわからない。
「バリ山行」で芥川賞を受賞した松永K三蔵さんの小説「カメオ」に出てくるカメオは、最初は人間の「亀夫」だった。
「カメオ」はクレーマーの話である。
亀夫はおっさんであり、難癖ばかりつけてくる、いわゆるクレーマーである。物語の序盤は建築会社で働く主人公の高見が、亀夫に散々苦しめられる。
この亀夫の話がおもしろい。クレーム対応経験者ならば「あるある」と共感できる部分もあるし、亀夫のクレームは関西弁でノリが良い。まるで漫才を見ているかのようで、思わず笑ってしまう。
高見は、苦しめられた上に亀夫が飼っていた犬を引き取ることになってしまう。それが、犬の「カメオ」だ。
「カメオ」は犬を捨てに行く話でもある。
亀夫の苦しみから解放された高見は、今度は犬のカメオから苦しめられてしまう。誰かに引き取ってもらおうと努力しても報われず、最終的に夜中に車にカメオを乗せて山奥に行く。そこで、高見は葛藤する。
犬を捨てることは犯罪だ。でも、マンションがペット禁止で犬を飼うことはできないし、近頃は犬を飼っているのではないかと怪しまれてきた。もう隠すのは限界だ。捨てるしかない。だが、この犬も最近自分に懐いてきて、可愛らしく思えることもある……。
堂々巡りの葛藤シーン。優柔不断な主人公の心の声が、冗長に描かれるのだが、それがまたいい。
「カメオ」は名前の話でもある。
人から犬へ受け継がれた「カメオ」という名前は、最後にまた人に戻る。
「ナイスKOM! カメオさん」
ここでカメオと呼ばれた人は、主人公の高見だった。私は何気にこのシーンが一番好き。散々苦しめられたカメオに、最後は自分がなってしまうという。
このように、松永K三蔵さんの「カメオ」は、クレーマーの話であり、犬を捨てに行く話であり、名前の話である。亀の話でなければ、装飾品の「カメオ」の話でもなく、映画や演劇の「カメオ出演」話でもないが、自転車の話と建築会社の仕事の話と職場にいる若い女子社員と恋愛関係になりたいがなれなそうな話ではある。
短編ながら、いろんな要素が詰め込まれた「カメオ」。実にオモロイ話で、読みだしたら止まらなくなり、次の日が仕事だというのに夜遅くまで読んでしまい……妻からまた罵倒される。
「さっさと風呂に入って寝ろ! カメオ!」
ここにもまた、カメオがもうひとり。



