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猿と出待ち

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立川志らくを出待ちしてみた(2026/9/19)

 

2026年9月某日、立川志らくと風間杜夫の二人会が水戸で開催された。私と猿師匠とM先生で、それを聴きに行ってきた。

2019年にも同じメンバーで志らくの落語を聴きに行ったことがある。開演前にその時の話になった。

「あの時、終わった後に出待ちして、志らくと一緒に写真撮ってもらったんだよね」とM先生。

「え、そんなことありました?」と私。

「あれ、あの時、Kさん(私)って一緒に来ましたっけ?」とM先生。

「そう言われると、行ってない? 行きましたっけ? 落語会には行ったような? でも出待ちには参加していないな」と私の記憶はだいぶあやふやである。

「Kちゃんも落語は一緒に行きましたよ。出待ちには来てないけど」と猿師匠が私の記憶のフォローしてくれる。

「いいな、今日やりましょうよ、それ」と私。

落語会が終わった後に演者の帰り口で志らくと風間杜夫を待ち伏せすることになった。

前座の人(名前失念。すみません)の演目は「子ほめ」。後半の盛り上がりは、すごく良かった。それなのに、猿師匠は隣の席でうとうとしていた。

「何かつまらないから寝ちゃったよ」と猿が言う。

「後半よかったのに」と私が言っても、猿師匠は意に介さない。良かった後半の噺が聞けなかったことに残念がる素振りを見せない。さすが、ポンコツの師匠だ(?)。

風間杜夫は芸能関係の枕(主にシティーボーイズがらみ)をたっぷりと聴かせてくれたあとに「火炎太鼓」。本職が役者とは思えないほどの上手さ。上手くない人の落語は、噺の世界に没入できないことが多いが、違和感なく最後まで噺の世界を楽しめた。

太神楽を挟んで、大トリは立川志らく。小話をいくつかやったあとに「親子酒」。話しっぷりとか、談志に似てるなぁ、と思う。談志の落語は、YoutubeとCDでしか聴いたことがないけれど。聴いたあとに、日本酒が飲みたくなるほどの面白さだった。

「いやぁ、面白かったね」と三人。

「でも、志らくの小話、前に茨城に来た時と同じでしたね。子どもが名前呼ぶと次の日死んじゃうやつ」と私。

「落語自体も同じじゃなかった?」と猿。

「そうだっけ、面白かったという記憶はあるんだけど、何をやったかという記憶はないんだよな」と私。

話しながら私たちは歩いた。会場となったヒロサワ・シティ会館の裏口に向かって。目的はもちろん「出待ち」をするためだ。

出待ちに向かう途中に、車とすれ違った。中には演者らしき人が乗っていた。歩いていると、もう一台、車とすれ違った。大きなワンボックスだったから、これにも演者が乗っていたのだろう。

猿師匠が車に向かって手を振った。中の人も手を振り返してくれた。猿師匠は満足そうに「手を振ってくれたよ」と喜んでいた。

会場の出口には、一台の車が停まっていた。高級車だ。都内のナンバーだ。風間杜夫は演じる順番が先だったから、おそらく先に帰ったであろう。となると、これに立川志らくが乗って帰るのだ、間違いない。

出待ちすること……20分くらいか。待っているのは私たち以外に二人の女性だけ。二人はペアではなく、一人が二組あった。

熱心な志らくのファンだろうか。それとも、寄席通いするような落語ファンだろうか。それとも、特にどちらのファンでもないけれど、出待ちのプロだろうか。

いや、それとも。

私たちみたいに「ノリ」で出待ちしているのだろうか。

あれ、そもそもなんで出待ちしているんだっけ。

私は落語が好きだけれど、熱心に通うほどではない。東京の寄席なんて数年行ってないし、水戸にある「みやぎん寄席」だって何度か行ったきりだ。落語の本は何冊か読んでいるが、その程度だ。

志らくの落語も面白いとは思うけれど、出演しているテレビを追っかけるなんてことはしないし、テレビ自体をあまり見ないから、テレビに出ている志らくを知らない。

でも、出待ちする。出待ちしたい、と思った。なんでだっけ。

前回の志らく落語会で、私を差し置いて猿師匠とM先生が二人で出待ちして写真を撮ったことが気に入らないのか。それとも、今日この日、三人で志らくの落語を聴きにきた記念として、出待ちをしたいのか。それを写真に収めて、記録したいのか。

待っている最中、猿師匠が過去の話をして場をつなぐ。

「昔、イベント会場のチケットもぎりのバイトをやったことがあったんすよ」

「へぇー」とM先生が興味深そうな相槌を打つ。

「へぇー」と私は興味なさそうに相槌を打つ。

時折、車に荷物を積みに人がやってくる。業界っぽい若者だ。若者はマネージャーだろうか、イベントスタッフだろうか。芸能界の匂いがする服装をしていた。

「ひょっとして、もう帰っちゃったかな?」とM先生。

「え、でも高級車っすよ。都内ナンバーっすよ。志らくはこれに乗って帰るに決まってますよ」と私は短絡的な推理を理由に、M先生の意見を否定する。

「だって、あの車に荷物を積み込んでいるということは、そんな車に志らくは乗らないんじゃない?」

そうなのか? 言われてみると、そうかもしれない。志らくは荷物と一緒の車になんて、乗らないかもしれない。ゆったりと後部座席に座って、ペルシャ猫を膝に乗せて、赤ワインを飲んでいるに決まっている(どんなイメージだ)。

そんなことを考えながら、ぼうっとして出待ちする。

(何だよ、いつまで待たせるんだよ、志らくは)

勝手に待っておきながら、随分なことを考える。

少しして、一人の出待ち女がその場を去っていく。

(堪え性がないやつだな)

転職経験多数の私がまた、随分なことを考える。

(志らくが出てきたら、私たち3人のうち誰が声をかけるんだろう? M先生はないな。やっぱり猿師匠かな。いや、猿師匠から命じられて、私が行くことになりそうだな)

などと、シミュレーションしてみる。猿師匠は悪ノリが好きなので、「Kちゃん、ほら、行きなよ」と私をけしかけるに違いない。

一度は抵抗する私、執拗に迫る猿、いぶかしげにこちらを見る志らく、そして、(できないんだ、チキンだな)という目で私を見るM先生。その光景が目に浮かぶ。

押しに弱い私は、猿師匠の押しに負けて、撮影交渉役を断りきれないだろうな。

その場合、

あのー、すみません、一緒に写真撮ってもらえませんか?

と単刀直入に言うのがいいのか。

いや、それは不躾であろう。

ここはやはり、

落語、すごくよかったです!

なんて言葉を枕に添えるのがよかろう。そうしたら、志らくも快く引き受けてくれるに決まっている。

ならば、写真撮影はマネージャーに頼むのか。そもそも、マネージャーって常に一緒にいるのか?

だったら運転手? 志らくが自分で車を運転して帰る訳がない。とにかく誰かしら一緒にいるだろうから、その人に頼めばよい。

よし、イメトレ完了だ。いつでも来やがれ、立川志らく!

すると、またもや建物の中から人が出てきた。もう一人の出待ち女が、その男に近寄って、何やらごにょごにょと話している。

そして、笑顔でこちらを振り返る。その表情は笑顔なんだけれど、特別楽しいことがあったから笑っているのではないことは、一目でわかった。

「ひょっとして、帰っちゃいました?」

出待ち女はこくりとうなずいた。

「それじゃあ、飲みに行きますか」

猿師匠が言った。

「今日は日本酒が飲みたいな」

私が言った。

その夜、私はしこたま日本酒を飲んだ。

水戸の街がぐるぐる回って見えた。

 

 

立川志らくの本

雨ン中の、らくだ
立川談志への弟子入りから修業時代、談志との関係などを綴ったエッセイ。志らくの「談志愛」がかなり濃い本。

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師匠 
2023年刊。談志についての自伝的エッセイ。談志へのあこがれから、前座、二つ目、真打、そして談志との別れまでを描いている。

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らくご小僧
志らくの少年時代などを描いたエッセイ。

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立川志らくのシネマ徒然草: 八十一話
『キネマ旬報』連載の単行本化。

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