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野良本Vol.48 バリ山行 / 松永K三蔵

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「バリ山行」を読んで 1  わかるよ、その気持ち

奥久慈男体山の健脚コース

「バリ山行」の読みどころの一つに、主人公の波多と妻鹿(めが)さんがバリエーションルートを一緒に登ったシーンがある。バリ初心者の波多と、バリ熟練者の妻鹿さんの山行だから、妻鹿さんは少しは初心者に配慮したルートを選んだようであったが。

「最高です!」なんて初めてのバリエーションルートでの山行に感動していたのは序盤だけ。やがて、ルートが厳しくなり、自らも命の危険にさらされたことによって、波多の意識がむき出しになる。”遊びで死んだら意味じゃないですか!本物の危機は山じゃないですよ。街ですよ!生活ですよ。妻鹿さんはそれから逃げてるだけじゃないですか!”(引用)

と、妻鹿さんの趣味だけではなく、私生活にまでケチをつけ始めてしまう。なんでやねん、そこまで言う必要ないやん。そもそも、お前が勝手に「私をバリに連れて行って」と志願してきたんやん。と妻鹿さんの肩を持つ私。けれど、波多の気持ちもわからんでもない、というか、よくわかる。何せ、私自身もハードさはかなり下がるが、同じような思いをしたことがあるから。

それは、登山取材2回目の時のこと。私はそれまでに登山らしい登山をしてきておらず、仕事で、取材という形で本格登山を経験した。「本格登山」と書いたが、まぁ茨城県の低山登山なので、それなりのレベル。一回目はつくばにある宝篋山、2回目が奥久慈男体山だった。

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その日は、あいにくの雨。っていうか、土砂降りの雨。同行者はツアーのガイドさんのほか「今度富士山に登るんですよ。それでジムに通っているんです」なんて言う山ガール数名と同じような体力に自信のありそうな男性数名。そして、本格登山2回目の私。当時の私は、自慢じゃないが体力がなかったし、今よりも10キロくらい体重が重くて、ただの「動けないデ〇」だった。

登りは大円地越を通る一般コースで、ここはまぁゆるやかな傾斜しかないからかなり楽ちんに歩けるコースなんだけれど、それは今だから言える話で。当時の私にとってはそんな楽ちんコースでもキツイ。途中の休憩ポイントで、私が尻もちをついてぜぇぜぇと息を切らせているのに対し、周囲のメンバーは余裕しゃくしゃくの様子。

なんだ、この差は。この人たちは同じ人間か。恐らくその時の私は、宇宙人を見るかのような眼差しで彼らを見つめていた。それくらい、体力・筋力・精神力に差があった。

いや、それでもまだ登っているうちはよかったんだ。問題は下りの健脚コース。奥久慈男体山の健脚コースは鎖場が連なるコースで、一般コースと比べると危険度は数段増す。それでもまぁ、登りで使う分には鎖場を楽しめる程度なのだが、登山道の看板にもあるように下りはお勧めされていない。登りと下りでは、難易度も恐怖度も数倍増すのだ。そんなコースを登山初心者の私が、しかも土砂降りの雨の中で下ることになってしまったから、さぁ大変。

健脚コースの鎖場

「無理です、いけないです」

ガイドさんに涙目で訴える私。鎖が垂れ下がった場所を上から眺めると、その角度は直角にしか見えない。こんなところ、降りられるか!

「今回は初心者向けのコースです」

男体山に登る前に、ガイドがそう説明していたが、あれは嘘だ。こんな場所を初心者が進めるワケがない。

鎖を前に立ち尽くす私を横に、一緒に参加していた人たちは苦も無く健脚コースを下っていく。本気か、この人たちは。死ぬぞ。

「大丈夫、大丈夫」

とガイドや参加者の皆にそう励まされたが、恐怖に震える私にとっては何の意味もなさない、いやむしろ恐怖心を逆なでするような言葉だった。

「鎖を信じて」

そうガイドさんに言われるが、どうにも鎖が頼りなく感じる。鎖を掴むと、ふわっと壁面から離れていくように感じられ、まったく信じられない。手がひっかるような岩場がある場合、鎖を掴まずに岩場を掴んで降りていたが、そのような岩場がない場合は鎖を使うしかない。

慣れると登りの健脚コースは楽しい

この鎖がもし切れたら……、鎖が切れなくても足を踏み外したら……、たぶん私は死ぬだろう。山に取材に来て死ぬなんて、想像したことがない死に方だった。

そう、その時私は、今までになく死を身近に感じたのだった。

「バリ山行」の山行シーンで、波多は同じように死を感じた。私の時よりもずっと困難なコースで、ずっと危険な状況に立たされたのだから、それもそうだろう。波多は、初めてのバリ山行のあとに肺炎を起こして数日寝込んだが、初めての奥久慈男体山登山を終えた私は、ひどい筋肉痛で1日寝込んだだけだった。

死ぬ思いをした後、波多はバリエーションルートにハマり、独自でバリ山行に挑んでいく。私も同じく、それから登山にハマって様々な山を登ることになる(主に茨城の低山だけれど)。

だから、「なんか感じるでしょ?」と波多に言った妻鹿さんの気持ちもわかるし、「感じるわけないじゃないですか! 死にかけたんですよ!」と返した波多の気持ちもわかる。それからバリ山行にハマった波多の気持ちももちろんわかる。

程度はだいぶ違うけれど。

「これじゃあ、山に登ろうと思わないでしょ」

私の奥久慈男体山登山は、その後無事に下山できた。それから書いた記事は、「山の楽しさ」よりも「山の恐ろしさ」が際立った文章になってしまい、編集にボロクソに貶された。

「バリ山行」を読んだあとは、バリエーションルートをやってみたい! と思ったけれど。著者・松永K三蔵さんの文章を、バリ参考にしなければ。

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「バリ山行」を読んで 2  気づいたら、私のそばにも妻鹿さんがいた

雪の磐梯山を歩くNさん

「め、妻鹿さん!」

結びの一文を読んだあと、私は心の中でそう叫んだ。もし、物語がもう少しだけ、例えばあと一行だけ続くとしたら、作者もそう付け足したに違いない(そんなことはない)。

話題の芥川賞作品「バリ山行」を読み終えた。会社パートと山パートの織り成すハーモニィが、美しく、辛辣に響き、そららの見事な情景描写と心理描写が苦々しくも微笑ましくも感じる作品であった。読み終えた私は、メガデスではなくメガロスに陥った。

どうして、どうしてだよ、妻鹿さん。波多、お前が悪いんだろ、せっかく妻鹿さんは山に連れて行ってくれたのにあんなこと言うから。主人公の波多を責めた。それくらいに、物語の世界にずっぽりと引きずり込まれてしまった。

さすが、オモロイ純文学者・松永K三蔵さん。なんと、松永さんは茨城県水戸市生まれなんだと!

おい、もっと騒げよ、水戸市民。そして、もっと祝え。わが身のことのように、喜ぶべきだろうこの事実。職場の先輩と「バリ山行の作者って水戸市民なんですって!」「そうそう、すごいよね」なんて小声でやり取りするくらいじゃダメだろう(私のこと)。

バリ山行を読み終えた後の私はしばらく興奮状態。夜も眠れず、寝不足になる始末。バリ山行の恐ろしさ、凄まじさを文章で真正面から受け止めて「俺もバリエーションルートで茨城の低山登るしかないな、こりゃ」と良からぬ方向に思いを巡らせるのであった。

そして、ふと、思った。

あれ、バリエーション、ルート? 山を地図を見ながら登山道のない場所を登っていく?

これって……。

私は、バリ山行をしている人を知っていた。その人と何度か一緒に山に登ったこともあった。

その人は、Nさんと言う。確か年齢は65を過ぎた頃だろうか、とてもダイナミックに山に登る小柄な男性だ。Nさんとは、茨城県の明山、鍋足山、権現山、栃木県の日光白根、雨巻山、福島県の磐梯山を一緒に登った。年齢を思わせぬ足取り、体力。まるで子どものようにやんちゃで冒険好きで、「バリ山行」に出てくる妻鹿さんとはまた違った魅力を持った人だ。

Nさんと一緒に登った明山(茨城県)

「いいルートを見つけたんだよ~。沢を登ってさ、地図で言うとこのあたりなんだけど」

Nさんは私に会うと嬉しそうに話した。Nさんは、普通の登山道では物足りなくなり、地図を見て自分でルートを開拓していた。読図ができるんだ、沢登りが好きなんだ、その時はそれくらいにしか思わずに、へぇ、すごいですねぇと初めてのバリ山行を終えた波多のような棒読みセリフを返していたが。

いや、これって、まさにバリエーションルートのことじゃん。バリ山行じゃん。Nさん、なんかすごいじゃん。かっこいいじゃん。流行先取りじゃん。今になって、そのことに気づいた私は、Nさんを讃嘆した。

こうなったら気になって仕方がない。聞いてみよう、Nさんにバリのことを。そして、連れて行ってもらおう、バリの世界へ。

「今度一緒にNさんのバリエーションルートを歩かせてください」

私は、Nさんにメールを送った。波多君のようにならないように、気を付けなければ。

あれじゃあ飛んだ「ハタ(波多)迷惑」だ。

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