家族で華厳の滝を見に行った話(2026/8/9)
「鮎の塩焼きが食べたい」と長男が言う。
「鮎の塩焼きなんて食べたくない」と次男が言う。
「プリンが食べたい」と妻が言う。
そして、「滝が見たい」と私が言った。
とある夏の日曜日に家族で出かける算段をしていた時のこと。家族それぞれが勝手なことを言う。
一家の大黒柱として、夏の休暇に家族サービスをせねばならん。だが、単に家族のためだけに奉仕するのもどうかと思う。家族サービスをする私自身も家族の一員なんだから、家族サービスを受ける権利がある。
では、これらの要望を一度に応えるにはどうすればいいか。思い浮かんだ場所は、茨城県大子町の袋田の滝であった。
袋田の滝周辺には、土産物屋や飲食店が並んでいる。私の記憶が確かならば、ここには鮎の塩焼きをあちこちの店で売っている。店はいろいろあるから、鮎の塩焼きどころか何も求めていない次男も、現地に行けば何か欲しがるかもしれない。妻が欲しがるプリンは、袋田の滝周辺にないかもしれないが、帰りの道のどこかしらにあるかもしれない。私としては、家族サービスのついでに滝を眺められれば大満足である。
我ながら、いい案だ。じゃあ皆で袋田の滝に行こうではないか、と家族会議で合意形成がされたかと思いきや「袋田の滝は何度も行っているからちょっとつまらんな」とわがままな発言が飛び出した。声の主は、私だった。
「どうせ行くなら、華厳の滝にしようよ」
ついでに新たな提案をする。
「華厳の滝? どこそれ?」
地理に詳しくないと日頃から豪語する妻が、恥ずかしがることなく恥ずかしい発言をする。華厳の滝を知らんとは、地理に詳しくないにも程がある。
「知らんのかい(苦笑)。栃木県の日光にある滝。落差が100mくらいある滝でとても迫力がある滝だよ。那智の滝、袋田の滝、華厳の滝の3つで日本3大名瀑じゃん。行ったことないの?」
「ないかな……あっ、プリンがあるじゃん。日光ぷりん。鮎もあるよ。滝に虹がかかってるね。いいじゃん。ここにしよう」
私の説明を聞き流しながら、即座にスマホで検索していたようで、妻がのぞいたWEBページには、華厳の滝に行けば周辺に鮎の塩焼きとプリンが売っていると掲載されていたらしい(そして、その紹介ページの写真では滝に虹がかかっていたらしい)。
ならそうすっぺ、と車を走らせ日光・華厳の滝に向かった。

隣接の駐車場が混んでいたので、華厳の滝から少し離れた場所に車を停めて、私たちは歩いた。
通りには土産物店が並び、反対側には中禅寺湖の悠然とした風景が広がる。いかにも観光地らしい風情のある景色の中を、おおぜいの観光客が歩く。私たち家族もその風景の一部となる。
その中を歩いていると、旅行に来た、と実感できる。日帰りだし、お土産を買う予算もないけれど、風情のある町を歩くのは、旅特有の高揚感がある……と思っているのは私だけのようで、妻と子どもは景色も眺めずに淡々と歩く。
わかっている。この者たちの狙いは滝以外にあって、旅しているつもりもまるでなくて、鮎の塩焼き(長男)、日光ぷりん(妻)、鮎の塩焼き以外の何か(次男)を得られれば満足なんだ。そして、私も何やかんやで私以外の家族が満足することが第一なんだ。私の満足なんて、「ついで」でいい。
華厳の滝の入口は、ちょっと高いところにあって、そこからエレベーターで100mくらい下に下がって、下から滝を見上げることができるようになっている。
エレベーター乗り場付近には、お店がちらほらとある。ヤマメとイワナの塩焼きが売られているのが見える。ぷりんを売ってそうな売店もある。次男が好きそうな洋菓子も売ってそうな雰囲気である。
「じゃあ、まずは塩焼きを買うか」と私が言うと、
「じゃあ、滝を先に見ちゃおうよ」と妻が言う。
「雨が降ってきちゃうよ」と妻が重ねる。
「いや、君たちが欲しいものを先に探そうよ」
私は愛情を込めてそう言うと、
「いや、滝が先でいいって言ってるじゃん」
妻は怒気を込めて言う。
「はい、すみません」
いつだって、妻には従うに限る。 あとあと面倒だから。いそいそとエレベーター乗り場に並んだ。

華厳の滝の水量はいまいちだった。けれど、圧倒的な高さから落ちる水の姿と、その周囲の岩やら木やらが織りなす風景は、日本画によく描かれるような優美さがあり、また荒々しさがあった。
ああ、すばらしい、この迫力。そして、優しさ。このまま小一時間、こうして滝を眺めていたい。
思えば、華厳の滝を見たのはいつ以来だろう。小学生? 中学生? それとも? ひょっとしたら、大人になって日光男体山に登るついでに見に来たことがあったかもしれない。どの記憶も定かではないし、過去に見た華厳の滝の姿を思い起こすことなんてできやしない。そんなことはどうでもいいのだ。
今の私は、華厳の滝を眺めている。この大自然が作り出した壮大なアートを目の前にして、立っている……独りで。
そう、悲しいかな、私は独りだった。妻も子どもたちも、まったく滝に興味を示さない。雄大な滝が目の前にあるにも関わらず、視線は滝に注がれていない。
(あ、やっぱ興味ないんだな)
自分が興味のある対象に対し、連れが全く興味を示していない場合、私は連れに気を遣ってしまう質である。滝を眺めて5分も経たないうちに、「じゃあ、次いこうか」と次の場所へ促してしまった。
それに、忘れてはならない。
今回の滝は「ついで」であることを。今日は家族サービスの日であることを。
では、肝心の家族サービスをば。

ヤマメとイワナの塩焼きが売られているお店に行く。ここに鮎の塩焼きも売っているんじゃないかと踏んでいたのだが。
「鮎がない。違うのでもいっか」
長男に聞く。
「どう違うの?」
鮎とヤマメとイワナの違いがわかっていないようだ。
「川魚って意味では一緒だね」
「じゃあ、なんでもいいよ」
売られているヤマメだかイワナだか(どっちだったか忘れた)を買って一緒に食べる。
「どう?」
「うん」
長男は「おいしい」とは言わなかったが、完食はしたので不味くはなかったのだろう。とにかく、これで「鮎の塩焼きを食べたい」という長男へのサービスは終了した。「川魚の塩焼きを食べる」に変わってしまったが、まぁよし。
次男の願望はよくわからんから置いといて。
続いて妻の願望を叶えようと、華厳の滝周辺で「日光ぷりん」なるものを探す。
が、ありそうで、ない。
今更だが、本当に今更だとこの時思ったが、その場で日光ぷりんを検索してみると、華厳の滝周辺には販売しておらず、東照宮の方まで行かないとないことが判明した。
「じゃあ、ぷりんはいらないよ」
妻が言う。妻が納得しても、私が納得しない。
「いや、東照宮の方まで行こう」
となって、妻へのサービスは一旦お預けとする。
そして、次男へのサービスに移行する。
実のところ、次男は何も欲していない。家でゲームでもしていた方が良い質である。日光なんて連れてこられて、迷惑に思っているに違いない。
ならばせめて昼食は、次男の好きなものが売っていそうな店に入る。次男はラーメンが食べたいと言うから、中禅寺湖付近にある昭和レトロなレストランに入った。
ここで、次男はラーメンを注文した。私は蕎麦を、長男はカツカレーを、妻は何かの定食を注文した。
出てきた品は、いかにも冷凍食品を解凍したてでレトルト感満載の見た目と味だった。申し訳ないが、決してうまくはない。「どう? おいしい?」なんて聞く必要がないほどの味である。家族みなで、黙々と食べる。
けれどお値段はまぁまぁする。このクオリティでこの値段をつける姿勢が、潔すぎて逆によかった。
その後、20分車を走らせて、日光ぷりんを買った。妻は満足そうだった。ぷりんの瓶がかわいいと喜んでいた。
これにて、今年の夏の家族サービスが完了した。
「次はちゃんと鮎の塩焼きを食べに行くか?」と長男に聞くと、
「魚はもういいや、(獣)肉が食べたい」と言う。
「あのラーメンおいしかった?」と次男に聞くと、
「おいしかった」と言う。
「ぷりん、どうだった?」と妻に聞くと、
「ちょうどいい固さだった」と言う。
そして、(滝を見に行くならば、次は独りで行こう)と私は思った。
明治日本散策 東京・日光
知らなかった、日光 / 小笠原 直

