城里町と高萩さん (取材日:2026/2/14)
城里町の高萩さんが、城里町のためにできること

城里町の高萩和彦さんとそのお子さん「宗ちゃん」
脱サラしてから「ひとり農家」を始め、非農家出身の農家集団「新規就農者ネットワーク」に創設から参画し、城里町では極めて珍しいレンコン栽培を実践。
今や町のイベントとして定着している「古内茶庭先カフェ」には企画段階から運営に携わる。有機野菜の無人販売所「野菜の駅」をオープンさせ、有機農家のグループ「いばらき ぴーすふるファーマーズ」では有機農家の仲間同士で販路を開拓し……。他にも新規就農者に対しての講師だったり、現代農業に寄稿したり。
城里町の農家・高萩和彦さんは、これまでいろいろなことにチャレンジしてきた。その高萩さんが、また新しいことにチャレンジしようとしている。
それは……高萩さん自身に語っていただくとする。
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最近の生活は、もっぱら政治活動をしていますね。城里町を良くしたいと思って、町に向けていろんなことを提案しています。今は、町民の人々に私の活動や提案に共感してもらう活動を進めているところです。
そのため、本業である農業は少し縮小しています。農業というよりは、「農」の良さを深堀りして、有機農業の普及や子どもたちへの食育について広めていきたいですね。
今、私が一番やりたいことは、城里町に高齢者が集える交流センターを作ることなんです。今の城里町には、スポーツとか太極拳とかヨガとか野菜づくりとか、そういった公民館を利用した市民講座はあります。そこでコミュニティはできてはいるのですが、「とりあえずそこに行けば仲間がいる」という場所はないんですよ。
ツテや目的がなくて、周りの友人もお亡くなりになったような一人暮らしの80歳〜90歳くらいの高齢者が、けっこう孤立しているんです。そういう人たちが、集えるコミュニティカフェを城里町に作りたいなと。
そこに行けばお友達に会えるとか、お友達がいなくても誰かしらがいて話し相手になってくれるっていう、そんな「居場所」ですね。これは、私が前からやりたかったことなんです。
このような地域の課題を解決するには、「多世代交流」が一番の肝だと思っています。なぜかというと、生活していると課題なんていっぱい出てくるんですよ。でも、私一人では解決できない。だけれども、人と人が繋がるとそこでグループができて、課題を解決しようと思う集団になるんですよ。
一番良くないのは、困っている人たちがバラバラになっていること。それ自体が問題なんです。でも、困っている人たちが集まれば、じゃあ自分たちのコミュニティでやれることやっていこうってなるんです。
だからそこで「居場所づくり」をするんです。城里町だってみんなが集まれば1万7000人も人口がいるので、そういう人たちで集まれる居場所を作って、自分たちの課題を解決していこうってなるし、課題に対しての当事者意識を持つ人が増える。そういう仕組みが作りたいんですよね。
私は、誰かの役に立つことをやるのが向いているような気がしていて。農業を始めて野菜を作っていても、私に求められてるのは野菜作りではないのじゃないかと思うようになりました。
困りごとを聞いたり、人に誰かを紹介したりすることが多くて、それを自分なりのツテとか努力で少しずつ解決してきたんですよね。その最たるものが古内茶庭先カフェで。古内茶の衰退を何とかしようと、城里町内のみんなと一緒にイベントを作り上げてきました。
他にも、先日、公民館講座で野菜・家庭菜園講座があったのですが、 講師の先生が病気で休まれてるので私に有機農業を教えてくれないか、という依頼があって、その時は自分自身も講師を務めましたけれど、農業実践学園の先生も紹介しました。その道のプロをお招きして、きちんとその講座を最後まで繋げることができたと思います。
あとは、農地を探して困っている大きな農家さんや、城里町に移住してきたばかりの農家さんに農地を紹介して繋いだりとか。結局そういうことが私に求められていることなのかなと思って。お悩み解決役というか、コーディネーターというか、そういうことですよね。
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……ということだ。つまり、城里町の高萩さんは、農業の範囲に留まらず城里町のためにできることをやっていこう、と決意したのである。
城里町の魅力は「いい塩梅」

親子で人参収穫
森を抜け山を越え、ダムを渡って小川を渡って、森と田畑と民家が混在する場所に出る。周囲は小さな山で囲まれていて、その風景全体から自然とともに暮らす人々の様子が目に浮かぶ。
城里町に向かう道を走っていると、いつも心が穏やかになる。高萩さんに会うために何年も通い詰めた道は、何年経っても変わらぬ姿で私を出迎える。
どこか懐かしく、どこか寂しく、どこか和やかな、そんな気持ちにさせてくれて、城里町に来るたびに、高萩さんに会うたびに、心がリセットされる。
しょっぱ過ぎず、酸っぱ過ぎず、甘すぎない。この町は、はちみつレモンのような味がする。そんな城里町が、私は好きだ。
高萩さんと城里町の魅力について話した。
― 城里って、移住者はどれくらいいるんですか?
ちょいちょいいますよ。町が「地域おこし協力隊」を積極的に採用していますので。それ以外にも城里町に移住して来る方はいます。
― ちなみに、移住者ってどの地域から来てるんですかね?
一番近いところでいうと水戸市ですね。 あとは、東京都とか全国から来てると思います。沖縄県から移住してきた人もいますし、五島列島からの移住者もいますね。
― その移住者の方が城里町に来て、就いている職業ってやっぱり農業ですか?
いや、そうとも限らないですよ。家具職人の人もいますし、陶芸家の人もいます。手に職を持ってきた人ならば、その人のところに人が集まって来てくれますからね。それならば、住む場所に人口が多かろうが少なかろうが関係ないと。その人が来た時点で街が活性化されますよね。
― なるほど……というのもですね、そういう城里町に移住する人って、城里町のどこに魅力を感じて引っ越してくるのか、ちょっと不思議に思って。
やっぱり自然豊かな環境じゃないですか。静かで自由に暮らせるってところだと思いますね。そういう移住者の人に対して、私に何ができるんだろう? って考えた時期がありました。
例えば、陶芸家だったら陶芸作品がこの町で売れれば、この人たちに貢献できるんじゃないかという思いで、陶芸展を開催したり、古内茶庭先カフェでも陶器の販売会をやってみたりしたんですけど、最近思ったのは移住者たちの暮らしをサポートすることの方が大事なんじゃないかと気付いたんです。
城里町で暮らすのが楽しい! って思うことを応援してあげることで、彼らにとっての「いい暮らし」をバックアップできるんじゃないかなって。
陶芸家さんは、歴史散歩みたいことが好きなんですよ。だから、そういう情報ないですか? とか聞かれるんですよね。彼らは文化人なんですよね。だからその町の文化を楽しみ、 町の歴史や伝統に触れることを楽しいって思ってくれるみたいで。
そういうのが、作品の「深さ」などにも反映されるのかもしれません。なので、彼らが求めてることは単にその作品がこの町で売れることじゃないんですよ。それよりも、この町で楽しく過ごせるための環境を整えてあげる方がいいみたいなんです。
例えば、空き家があったら紹介するとか。ずっと住み続けられるような環境を整えてあげるとか。私がやるべきことは、そういうことなんだなって最近気付いたんですよ。
だから長期的視点で言うと城里町の良さ……歴史や文化伝統に根差したものを掘り起こしていくことが実は一番大事だと。けれど、それって時間がかかることだし、目の前の生活に困ってる人たちへの処方箋にはならないんですよね。
このような現場で起こっている課題に対して、いわゆる対処療法をしながらも、長期的にこの街で楽しく過ごせるために長い目で見た愛郷心を育てるような、この地域が好きだとか、そういう自然発生的な思いで愛着を持ってもらって、この町でなんとか楽しく暮らしたいなとか、あるいは出ていっても戻ってきてもう一回何かやりたいなって思ってもらえるような、そういう心を育むのが大事なんじゃないかと。
あるいは、そう思ってもらえるようなものを、これから作っていく。目線を町の外に向けて、町外の人でも積極的に関わってもらって、同時に地域の人々を大事にする。それが城里町がこの先生き残っていく最もいいやり方だと思うんです。まぁ、私もそもそも移住者ですからね。

「ほら、あったかいよ」発酵して熱を持った堆肥を持ってきてくれる宗ちゃん
― ちょっと話戻しますけれど。城里町の魅力として「自然」と言われましたが、例えば、沖縄県とか五島列島とかと比較すると、そっちのほうが自然あるじゃんって思っちゃうんですよね。
で、移住者たちが城里町をチョイスした理由っていうのが単なる「自然」だとは思えないんですよね。たまたま城里町を選んだとか、相方の城里町が地元だったとか、そういう理由もあるとは思いますが、移住者が城里町を選んだ理由がはっきりすれば、それは城里町の強みなんじゃないかと。
そうですね。まぁ移住者の方々もいきなり城里町を選んだ訳じゃなくて、間に東京とかいろんな場所を経由してきたかもしれませんが……城里町って「ちょうどいい場所」なんじゃないかなと。高速道路ですぐ来れるし、鉄道は通ってないけれど車さえあれば不便はしないっていうところはあるかな。
― それに加えて、「小さな自然」ですかね。程よい自然というか。近くに小さいですが山がたくさんあるし、川も流れているし、冬はそれなりに寒いけれど雪は滅多に降らないところとか。
たぶん、それは城里町だけじゃなくて、茨城県自体の環境って人が住みやすい環境なんですよね。「いい塩梅」なんですよ、「いい塩梅」。なんで茨城県の魅力が低いかっていうと努力しなくても生活できちゃうっていうところがあるんじゃないかと。
― 何でしたっけ? 「常世の国」とか言われてましたよね。
ある意味、理想郷かもしれないですね。茨城県は生産県なんですよね。平坦な土地で食糧も工業製品も生産力が高くて、人が住める場所もたくさんある。だから人口がいろいろな地域に分散してますからね。いろいろな物を生み出せる土地と気候があって、どこにでも住めるから、わざわざ人が集まる場所を必要としないんでしょうね。
人口は茨城県全体で300万近くいるのに、政令指定都市が一つもない県って珍しいですよ。県庁所在地の水戸市ですら人口30万人もいないんですよ。でも合わせたら人口300万クラス。京都よりも多いんですよね。人口100万人以上の京都市を抱える京都府よりも人口が多くて、広島県と同じくらい。広島県だって広島市っていう100万都市があるけれど、茨城県にはないんですよ。それって不思議ですよね。
― 茨城県は農業が盛んなのはもちろんですが、工場立地件数も全国一位でしたね(2023年、2024年)。
茨城県も、城里町も、何かを作るにはもってこいの場所だと思います。土地があるから生産力があるんですよ。そして、潜在性もある。まだまだ土地がありますからね(笑)。「のびしろ日本一。いばらき県」っていうのはあながち間違ったことではないんですよね。伸ばす気があるかどうかは別にしても、その可能性はおおいにあると思います。
― 城里町の話に戻しますが、水戸市に近い場所にあるというのは、良いところかなと。
そうですね。水戸市に近いことは、城里町のウィークポイントでもあり、ストロングポイントでもあると思います。車を30分も走らせれば水戸に行けてしまうので便利な反面、城里町自体の街作りを十分にできなかった、というのはあるのでは。ですが、やっぱり、水戸に近いって実はめちゃくちゃ有利なことなんですよ。県庁所在地に行かなきゃできない用事も、車で30分走れば済みますからね。
城里町は、水戸の衛星都市みたいな感じ。私は奥座敷って呼んでますけど。奥座敷という位置づけで考えると、この町の良さが分かるのでは? と思っています。まあ古内茶と水戸黄門の関係などは、それにあたるのかなと。徳川光圀は水戸に住んでいた訳ではないですが、イメージとしては水戸から古内に訪ねてくる? みたいな。この関係がたぶん、水戸と城里の関係なんじゃないでしょうか。
― そもそも「城里町」の町名の由来って、水戸城の北に位置していたことから「城北地区」と呼ばれていて、日本のふる里のイメージがあることから「城里」になったとか(Wikiより)。
他にも、城里町は意外と交通量が多い道路も多いんですよ。例えば、栃木県茂木町まで行くのに城里町は通過点になりますし。だから、コンビニがいっぱいあります(笑)。大きなスーパーもファミレスもないけれど、コンビニはたくさんあるんですよね。ファミリーマートもセイコーマートも、ローソンもセブンイレブンもある。車があるならば、という前提付きですが、交通アクセスもけっこう良いんですよね。あとは、水戸市に比べると家を建てる値段も土地の値段も安いところが魅力でしょうか。
以前、インスタでも書かせていただいたんですけど、城里町でも黒澤止幾などの偉人を何人も輩出しているんです。「水戸は天下の魁」って言葉がありますよね。でも、私は心密かに「魁の魁は城里」と思っています。少なくとも、これからそういう町にしたいですね。
城里町には何もないと良く言われますが、「そこに何があるか?」が重要ではなく「そこに誰がいるか?」が重要だと思います。私もその「誰か」になれればと。
今こそ、「のびしろ茨城イチ!城里町」と言いたいですね。いや、日本一、かな(笑)。
らくご舎推薦の地域とコミュニティについて書かれた本
『コミュニティデザイン』山崎亮
コミュニティをデザインすることで、住民が自ら集まり対話し、地域の課題を自分たちの力で解決していく仕組みを作る方法を書いた本。
『ソーシャルデザイン』(グリーンズ編)
社会課題をコミュニティの力で解決しようとする人々の実践と、ソーシャルデザインの考え方や事例を集めて書いた本
