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野良本 Vol.66 暗闇にレンズ / 高山羽根子

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暗闇にレンズを読んで、キャノン砲レンズを思い出す

昔、レンズを扱うプロと仕事をしたことがある。

その人は、キャノン砲のようなレンズでもって、日本だけでなく世界中を飛び回り、標的を色鮮やかな絵画のように切り抜くことができた。それは、肉眼で見るよりも遥かに芸術的で、見た人々の心を踊らせた。

その人は、Nさんという。

Nさんはそのキャノン砲レンズのついた道具に、長いベルトのようなものをつけて持ち歩いた。そのベルトには、Nikonと書かれていた(Canonではなかった)。

ある日、Nさんと同行して取材に行った時のこと。確か、鹿嶋への取材で、Nさんの運転で私は助手席に乗っていた。

「……Nさん、怖いっす」

Nさんの運転は、とても荒かった。

「大丈夫。死ぬ気で運転してるから。死ぬ気で運転すれば事故らない。何だって死ぬ気でやれば大丈夫」

Nさんは、私に恐怖心と一緒にそのような名言を残した。

また、とある日のこと。その時は、確か、東日本大震災があって少しばかりの月日が流れた頃だった。

「怖いっすね、自然災害」

「あれは、自然現象でもある。災害というのは人間の視点から見た場合。でも地球からみたら自然現象なんだ」

「な、なるほど〜」

でも、言葉は人間が使うものなんだから、人間視点で当たり前じゃん! などと偉大なるNさんに反論するなんて当時の私にはできず(今もできないけれど)。そんな風に、なんてことのないやり取りだったのだけれど、なぜだか強く印象に残っている。

とにかく、Nさんの仕事は偉大だった。そのレンズで切り抜いた人・物・事は、ただ事象を投影したものではなく、アートに変わった。しゃべる人も走る人も蹴る人も投げる人も、飛び散る水しぶきだって。普通に見れば何の変哲もないものなのに、Nさんのレンズを通すとそれが「あっ」と驚くような全くの別物=アートに変化してしまうのだから。

当時私が務めていた会社の社長と一緒に、Nさんの制作物を見ながら「やっぱりNさんは別格だよね」と深夜に唸っていたな、そういえば。

そんなNさんと仕事したのは、たった半年だけ。でもその半年が、私にとっては今でも人に自慢できる栄光の一つになった。Nさんはそれだけ偉大だった。

そんなNさんと一昨年再会した。それは息子の高校入学式の時。座席に座り式が始まるのを待っている時、カメラを持って立つNさんの姿を見つけた。

「あ、俺あの人知ってる」

妻に小声で話す。

「ふーん」

いつもどおり、私の言うことにさほどの興味を示さない妻である。

「昔一緒に仕事をしたことがあるんだ。すごい人なんだよ」

「そうなんだ」

声をかけようかやめようか。昔お世話になったんだから、ここで見てみぬふりをするのは大人の対応ではない。かといって、私のことをNさんは覚えているだろうか。

私にとってはNさんは偉人であるから、覚えていて当然であるが、Nさんにとって私は今まで何十人、いや何百人だろうか、一緒に仕事をした編集者の一人に過ぎない。しかも、私とNさんが仕事をしたのは、前述したとおりほんの半年間だけ。取材同行も数えるほど。

でも。

声をかけたい。

「ちょっと行ってくる」

そう妻に言い残して、私は席を立った。

「Nさん、覚えてますか? 昔一緒にお仕事させていただいたKです」

「おー、もちろんだよ。大きくなったね」

「え、大きいのは昔からなんですけど」

「いや、歳が」

「はぁ、まぁ」

あれから10年以上経っている。Nさんと仕事をした当時は30代前半で、息子の入学式の時は40代半ばだった。

……要するにフケたということか。

たいして意味のない言葉を二三度交わして、私は席に戻った。それから入学式が始まると、Nさんはあちこち場所を移動して息子を含めた子どもたちの晴れ姿をレンズで切り抜き始めた。

(Nさんに撮ってもらえるなんて、羨ましいな)

息子を少し羨んだ。

Nさんの偉大さをまるで知らない息子にとってみれば、Nさんの存在なんてないに等しいもの……暗闇みたいなものなんだろうな、きっと。でも君にその気があろうとなかろうと、Nさんのレンズによって君の姿は切り抜かれているんだ。

校長の話を聞いているような聞いていないような、ぼーっとした息子を見て、(はて、彼は昼間に灯る行灯か、それとも暗闇に灯る行灯か)。不安と期待が膨らんだ。

 

暗闇にレンズ 著・高山 羽根子

Nさんのレンズは主に静止画を切り取ったが、この物語のレンズは主に映像を切り取る。過去と未来が行き来するストーリーの構成は高山さんらしい文章で、頭が錯乱させられてしまうが、それがまた気持ちよくもあるのが高山マジック。舞台は映像が「兵器」として利用されていた世界。その世界でレンズをのぞき続けた一族の話。

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