野良本 Vol.33 目の見えない白鳥さんとアートを見にいく/川内有緒

「多様性」が叫ばれる今、読むべき本

職場のS女史が「白鳥さんって知ってますか?」と突然聞いてきた。
それは「目の見えない白鳥さんとアートを見にいく」を読み始めたころだった。

え? まさか? 目の見えない白鳥さん?

「そうですそうです」とS女史は言う。
S女史はアート関係にお詳しい方で、水戸の芸術館の人に知り合いもいて、本に出てくるマイティさんのことも知っていた。

何を隠そう、白鳥さんは水戸に住んでいたことがあって、水戸の芸術館でマッサージの仕事をしていたこともあるのだ。本の中でも、度々水戸が登場する。

しかも、この本の著者はあの「バウルを探して」、「空をゆく巨人」を書いた川内有緒さん!
川内さんが書く本の中で水戸が出てくるなんて!
それはつまり川内さんも水戸に来ていたということで!
水戸市民としては何かもう、すごくうれしいことである(川内有緒ファン)。

「知ってるも何も……今、本を読み始めたところです」

「え?マジで!」と二人できゃっきゃとはしゃいでしまう(仕事中です)。

「目の見えない白鳥さんとアートを見にいく」では、タイトル通り全盲の白鳥さんと一緒にアート鑑賞に行く(そのまんま)。それが果たして何を意味するのか。

白鳥さんは目が見えない。だから、アートを見るなんてことはできない。だから、アートを聞く。一緒に鑑賞に行った人が作品を見て感じた印象を、その人の声で、その場の感情で聞くことで、アートを楽しむという。

それは、白鳥さんだけの楽しみではない。一緒に行った人、アート作品の説明をした人にも、いつもと違うアート鑑賞の楽しみがある。白鳥さんに伝えるために、その人はアート作品をいつもよりもじっくり見るし、言葉にしてアウトプットしなければならない。

この「言葉にする」という前提があると、何をするにも接し方が変わってくる。取材なんてものはその最たるもので、同じ場所に行ったとして記事にするのとしないとでは、その時の接し方がまるで違う。意識を集中させ、疑問は抱くところはないか、深く調べるべきところは何か、この記事のメインはどこにするか、などを考えながら接する。

「前に暗闇の美術館に行ったことがあって……。五感が解放される感じがすごく気持ちいいんですよ」とS女史は言う。

普段見えている人が見えない状況になると、そんな感覚に陥るらしい。視覚って真っ先に情報をとらえているから、それがなくなると摩訶不思議な状態になるのだろう。

……それからそれから。

本を読み終えて数か月して、新型コロナウィルスの感染拡大も落ち着いたようなそうでないような状態(2022年4月頃、茨城県のコロナ感染者は少しずつだが減り始めた。それでも日に数百人の感染者が出ている)だったが、友人に飲みに行こうと誘われて飲みに行く。

飲んだ場所は水戸のもつ焼き長兵衛。素敵な女性たちが店を切り盛りする水戸の老舗店だ。水戸で酒を飲むのはずいぶん久しぶりで、どれだけ久しぶりだったかというと詳しくは覚えていないがひょっとしたら年単位で久しぶりだった。まぁ、コロナ禍だから当たり前といえば当たり前なんだけれど。

久しぶりに水戸の駅前の通りを歩くと、こんなご時世でも新しい飲食店がわらわらと出来ていて驚く。トルコ料理のお店とかイタリアンなお店とか、どのお店もオシャレでこれまた驚く。昔はいろいろ飲み歩いたな……なんて若かりし頃を振り返り、しみじみとしてしまう。

その日、一緒に飲んだのは友人S田と、デザイン関係のお仕事をしている二人(ご夫婦)。M夫妻とはS田を通じてたまにお酒の席に加わらせてもらっているが、お二人ともとても素敵な人だから、こういう機会は本当嬉しい。S田のおかげで一緒に酒を飲めているのだから、S田に感謝しないといけないのだけれど、普段はS田を邪険に扱ってしまっている。どうせ、S田はこのブログ読むことなんてないだろうけれど、この場で一応お礼を言っておきます。S田さんありがとう(ついでに2軒目おごってくれてありがとう)。

飲んでいて、ふと「白鳥さん」を思い出して、このお二人ならば知っているかもしれない、と思い聞いてみた。

「白鳥さんって知ってますか?」

私の質問が唐突過ぎて、お二人はどこの白鳥さん?って顔をしていたので説明をすると。

「あー、知ってます知ってます」と旦那様が言った。

「あれですあれです、ブラックバードでよく飲んでましたよね」

さすが、飲み歩きの達人Mさんである。何よりも先に飲み屋の情報が出てくるとは。

……そんなこんなで。

この「目の見えない白鳥さんとアートを見にいく」は、私のリアルと共通項が多い。それだけでも一生ものの本なのだけれど、内容もまた素晴らしいから、私の一生だけじゃ足りない、もったいない本だ。だから、いろんな人に多くの人に読んでもらいたい。

著者の川内さんは、目の見えない白鳥さんと一緒にアートを見にいくことで、いろいろなことを感じとり、それを私たち読者に伝えてくれている。

対話や過程、振り返ること、多面的に物事を見るコトの大事さ。

生と死のこと、障がい者アートのこと、優生保護法のこと、黒部ダムの労働者のこと。

そして、それら諸々をひっくるめた上での到達点が「笑って生きていく」ということ。

そうなんですよね、結局、どんなに素晴らしい生き方をしていても、そこに笑顔がなければ意味がないんだ。