野良本 Vol.36 ねたあとに

夏の山荘で大人たちが独創的なゲームでひたすら遊ぶ物語(なんのこっちゃ)

あれは、今から10年くらい前の夏だったろうか。

暑い暑い夏の日の炎天下で、私は蓮田で農作業をしていた。その頃の私は、レンコン農家の従業員だった。

作業というのは草刈だったろうか、何だったか今では憶えていない。憶えているのは、田んぼの脇にある水路(2mくらいの高さがあったのではないか)に転げ落ちたということである。

それは、あっと言う間の出来事で、非常にびっくりしたのを憶えている。気付いた時には水路の中にいて、水がどれくらい入っていたどうかも憶えていない。どうせ胴付長靴を履いていたから、濡れたかどうかは問題ではない。

問題だったのは、私の左ひざだった。着地の瞬間、左ひざを激しくひねったのだ。

左ひざ靭帯損傷。

医師にはそう診断された。

左足を動かすと痛くてたまらん。これでは農作業なんてもってのほか。それから私は実家に戻り、1ヶ月間静養した。

大人(社会人)になってから1ヶ月も休むということは、なかなかないことで。週に一度医者に行く以外は、家でひたすらだらだらと過ごした。

せっかくの「棚から牡丹餅」の夏休みだというのに、足が痛いからどこにも行けない。ベッドに寝転がりながら本を読んだりDVDを観たり。ベッドの上が、私の世界のほぼすべてになった。

その時読んでいた本が、長嶋有の「ねたあとに」だった。

真夏の山荘で、小説家コモローとその仲間たちが夢中になる独創的なゲームの数々。麻雀牌がデッドヒートを繰り広げる「ケイバ」、サイコロの目が恋人のキャラクターを決める「顔」……無意味とも思えるいくつもの遊びが、いつもの夏を忘れ得ぬ時間に変える「大人の青春」小説。

以上、「ねたあとに」背表紙の紹介文より。

この本がとても夏っぽい……? いや、「夏休みっぽい」というのが的確か。

「ねたあとに」は夏の山荘で大人たちが「独創的なゲーム」をただひたすら楽しむというお話で、ゲームの解説やゲームをしている様子、その時の会話、山荘での生活ぶりがだらだらと書かれている。ただそれだけのお話なのだが、そのだらだらした感じがたまらなく面白く、心地よく、「ザ・夏休み」といった感じがする。

実際、私が学生時代に過ごした夏休みなんていうのも、ひたすらだらだらしっぱなしで無意味なものだった。

でも、無意味と思えるものが、実は大事だったりする。その時は無意味と思えた生活が、後の人生の糧になっている……なんて風に思いたい(願望)。

さて、閑話休題。靭帯損傷をした私が、読書や映画鑑賞の他に楽しんでいたことがある。

それは、スマホのゲームだった。

ゾンビを倒していくゲームで、バイオハザードのパクリのようなものだった。私はこのゲームに女性の名前を登録してプレイした。麻生久美子さんが好きだったので「久美子」という名前にした。

いわゆる「ネカマ」というやつである。まぁ、とにかく暇だったので、ほんの出来心というやつが芽生えたのだろう。

そのゲームはプレイヤー同士でチャットができたので、女性名で登録していた私に男性プレイヤーが次から次へと声をかけてきた。中には直接連絡を取ろうとしてきた人もいたが、それはさすがに断った。

生まれて初めてネカマをしてみて、生まれて初めて思ったことがある。

女に生まれてくればよかった!(こんなにモテるなら)

家族がねたあとに、そんなことを思いながらスマホゲームに打ち込んだ夏休みだった。

この経験が後の人生の糧に……(なる訳がない)。

 

 

○ねたあとに / 長嶋 有

書名:ねたあとに
著者:長嶋 有
発行所:朝日新聞出版
発行日:2012/2/29 第1刷
ISBN:978-4-02-264651-4
定価:本体820円+税