野良本Vol.34 竹光侍 / 松本大洋

職場の後輩に松本大洋の漫画を借りて読むのが最近の楽しみです。

ある日のこと。職場の後輩のデスクに、いい感じのイラストが描かれたクリアケースがあった。「いい感じ」とはどんな感じか。なんかこう、サブカル臭がするというか、アートではなく漫画なんだけどそれがまたお洒落というか、なんというか。

イラストに惹きつけられた私は、クリアケースを手に取って間近に見ってみた。うむ、やはりそうか。イラストを描いたのは大友克洋だった。AKIRAとか童夢とかを描いた漫画家だ。

あれは私が20歳前後の頃、古本屋で働いていた時だろうか。荻窪の某古本屋にいたのだが、そこには漫画好きや音楽好きの従業員がたくさんいて、飲みに行った時の話題は専ら音楽か漫画の話をしていた。その頃に私はいろんな漫画と音楽に触れた。大友克洋はその一人で、これから紹介する松本大洋もその一人だ。浅野いにおやガロ、五十嵐大介や黒田硫黄あたりもその頃出会った漫画で、それらは今でも本棚に収まっている。

後程、後輩Fにクリアケースのことを聞いてみる。

「大友克洋好きなの?」

「あ、はい」

「クリアケースあったからさ」

「あー。この間原画展に行ってきたんですよ」

おっと、これは筋金入りだ。私も漫画は好きだが、原画展にまで行こうと思ったことはない。しかし、大友克洋が好きならば…と思い、あれこれと思い浮かんだ漫画家の名を挙げてみる。

「松本大洋は? 黒田硫黄は? 浅野いにおは? 諸星大二郎は?」

「ああ、知ってます知ってます」

なんとまぁ、うれしいことでしょう。茨城に戻ってきてから、男で漫画好きに会ったことは数えるほどしかない。いたとしても、ワンピースとかメジャーどころばかり読んでいる人だった(大友克洋や松本大洋もメジャーだが)。

すっかりうれしくなってしまい、その後輩と仕事中に漫画の話で盛り上がる。話の流れで漫画の貸し借りを始めることになって、後輩Fからは松本大洋の本を借りることになった。松本大洋は日本の兄弟、青い春、ZERO、花男、ピンポン、鉄コン、GOGOモンスターあたりまでは持っているが、それ以降をまったく読んでいなかった。

「じゃあ、ナンバー呉(ファイブ)を持ってきますね」と後輩Fが勧めるがままにそうした。ちなみに私は黒田硫黄の「大日本天狗党絵詞」を貸した。

仕事から帰ると、寝る前に借りた漫画を一冊ずつ読むようになった。ナンバーファイブは読まず嫌いだった。今までの松本大洋の世界感と違うようで、とっつきにくかった。それが、読んでみると大変面白いではないか。ZEROや青い春のような「男」らしさを踏襲しつつ、幻想的な松本ワールドを同時に展開している。

やっぱり松本大洋は面白い!

しばらく読んでいなかったが、家にある本も読みたくなった。ピンポン、花男…と、あれよあれよと読んでしまい、おかわり!となる。

「次はSunny貸してよ!」

「わかりました」

そう言って後輩Fが持ってきたのは「竹光侍」だった。

「あれ?Sunnyじゃないの?」

「ええ。まずはこちらを。3巻の決闘シーンがたまらないんですよ」

そうなんだ、とせっかく持ってきてくれたのだから竹光侍をそのまま借りた。

竹光侍は、2006年~2010年までビッグコミックスピリッツで連載された漫画である。名前の通り、竹光を持った侍が主人公の時代劇。原作を書いた永福一成は、松本大洋の大学の先輩でもある。時代設定は江戸時代で、落語でお馴染みの長屋、長屋の大家さん、大工、殿様なども登場する。

この本の存在は知っていたが、松本大洋が時代劇? 何だか似つかわしくない気がして、手に取ることはなかった。しかし!やはり松本大洋は天才だった。

ものすごく面白いではないか。絵柄は元々独特なタッチだったが、さらに独特に進化していて、迫力の決闘シーンを演出している。ただ刀で切り合うのではなく、刀を抜くまでの緊張感が伝わってきた。

それでいて、平時のパートは長閑で和やかで、落語の小噺でも読んでいるかのよう。猫や犬が会話をし、もののけが人を惑わす、なんて幻想シーンが普通に話の中に入ってくるのは松本大洋ならではか。

ストーリーは、そこまで斬新なものではないが、それは松本大洋にとっては関係ない。松本大洋が描けば、どんなストーリーでも深みを持たせ、アートに描かれる。

これはこれは恐れ入った。どんなに面白い漫画を描いた人でも、当たり外れがあるものだが、松本大洋にはそれがない。どれもこれもそれぞれの面白さがある。

それに気付かせてくれた後輩Fには感謝の気持ちでいっぱいである。

でもね……。
次こそはSunnyを貸してね。