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「広縁」の椅子に座ってぼんやりと外を眺める時間こそ旅の醍醐味ではなかろうか【日光旅行】

コト
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旅館の不思議スペース「広縁」で思うこと、感じること

旅の醍醐味

世界遺産・日光の社寺のひとつ「日光東照宮」の陽明門

旅の醍醐味とは何だろう。

人それぞれ違うのだろうけれど、私の場合、旅先の本屋巡りであったり、山登りであったり、その土地の名産品を食べたり、観光地巡りだったり、とその時々で醍醐味は変わる。
先日、ひょんなことから旅行へ行くことになったのだが、今回の旅の醍醐味は「宿」にあった。

行先は栃木県の日光市。「日光東照宮に行ったことがない」という、茨城県民にしては奇特な人物(ツレ)がいたので、では日光東照宮に行こうではないか、ということになった。健全な茨城県民の私は、日光東照宮には何度も訪れており、つい2年ほど前にも行ったばかり。だから、今回の旅の醍醐味を観光地には求めずに、「宿」に求めた。

ホテル清晃苑で出た夕食。ゆば料理あり、牛しゃぶしゃぶあり、と超豪華。

例えば、宿で出る食事。
洋食ではなく、地域の特産品が盛り込まれた和食がいい。それも、大きなお盆に小さな皿や小鉢がたくさん載せられた、会席料理が良い。

例えば、宿で過ごす部屋。
自宅がフローリングなので、畳が敷き詰められた和室がいい。畳に寝転がって、ゴロンとしたい。

例えば、宿で入る温泉。
露天風呂にゆったりとつかって、ぼーっとしたい。

今思えば、私が幼い頃に両親に連れていかれた旅行では、大体こんな宿に泊まっていた。その時に経験した旅の非日常感は、今でも割とはっきりと覚えていて、私の心に「旅の宿」のイメージとして刻まれている。だからなのか、今回はそんな宿に泊まりたくなった。

そうして選んだのが、日光東照宮のすぐ近くにある「ホテル 清晃苑」だった。豪勢な夕食、畳部屋、露天風呂、清晃苑には、私が今回の旅に求めたものがすべて備わっていた。

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広縁

日光市街地をぶらぶら散歩

旅行当日。まずは、日光市の町をぶらぶらと散策する。日本が世界に誇る観光地でも、コロナのせいで閑散としていた。けれど、悠々と歩くことができてよい。
知~らな~い街を♪ 歩い~て~み~た~い~♪と口ずさみながら、土産物屋を覗いたり、いたずらにコンビニに立ち寄ったり(旅先のコンビニに地元の独自商品はないかと探したくなる)しながら、ぶ~らぶら。こうして、旅先の町を歩くのもまた、旅の醍醐味か。

途中、どこにでもあるような町の小さな洋服屋さんに寄って、ベルトを買う(ベルトをするのを忘れて来たのだ)。無駄な出費だが、旅行中は「何をやってもいい思い出になる」補正が働いて、何でも買ってしまうのは悪い癖である。

何歳になってもついつい手が出てしまうガチャガチャ

さらに、その悪い癖で1,000円ガチャガチャをしてしまう。そのガチャガチャの景品に、何か欲しいものがあった訳でもないのに。恐るべし、旅先の誘惑。ちなみに、1,000円ガチャガチャでは女性用の櫛みたいなのが当たった(というか、これ、絶対ハズレだ。1,000円の価値あるのか)。

散策のあと、目当ての宿に到着する。既に暗くなっていたので、外観はわからない。駐車場に車を停めると、宿の従業員さんが傘をさして(夕立がきていた)お出迎えしてくれた。このような「おもてなし」は、ビジネスホテル(安い)では味わえない。ネットカフェでは当然。このおもてなしにより、ああ、旅行に来たのだな、と実感がわく。

部屋に案内されると、イメージ通りの畳の和室が待っていた。これよ、これ! 畳部屋♪さっそく、畳でごろーん!ああ、いいな、畳っていいな、和室っていいな、と思い切りくつろぐ。

畳部屋の中央には、テーブルが置かれていて、その上にお茶とお茶請けが載っていて。隅の方にテレビがちょこんと。

そして、窓の傍には「広縁(ひろえん)」が。広縁のスペースだけ、床張りになっていて、そこには椅子が二つにテーブルが一つ。他、空気清浄機やら何やらがごちゃっと。

ああ、そういえば広縁があった。

みんな大好きくつろぎのスペース「広縁」

広縁を見るまで、広縁の存在を忘れていた。
そうそう、旅館によくあるこのスペース。人は部屋に入るなり、自然と広縁に引き寄せられてしまい、椅子に座って窓から外をぼんやりと眺めてしまうという、あれだ。
清晃苑の広縁を見て、亡き父に思いを馳せる。

家族旅行の時に、いつもより早く目が覚めてしまい、起き上がって窓の方を見ると父親が広縁の椅子に座って窓の外を眺めていた。父は普段から早起きだったから、旅行に行っても早く目が覚めてしまったのだろう。広縁の椅子に座り、テーブルにはビール瓶とグラスがあり(父は運転しない人だったし、無類の酒好きだった)、ただ静かに窓の外を眺めていた。起きた私に気が付いて、「おう、起きたのか」と朝にふさわしい優しい声で私に言う。私は父の傍に寄って、一緒に広縁の椅子に座って、窓の外を眺めた。窓の外には、まだ太陽が昇り切らない、朝の風景が静かに広がっていた。

その父も、今は天国に行ってしまってこの世にいない。あちらの世界でも、旅先の宿の広縁で、ビールを飲んでくつろいでいるのかしらん。

そうして私も広縁に座り、ぼんやりと外を眺めた。既に陽が落ちていたが、周囲には古い旅館などがあって街灯もあるからそれなりに明るい。先ほどから降りだした雨は、まだ降っているようだ。

雨が屋根をたたく音が心地よく、心が落ち着く。仕事のことなど頭からすっぽりと抜けきってしまう。広縁の椅子にただ座っているだけなのに、旅をしている感じがする。家から車を2時間走らせた距離なのに、ものすごく遠くにやってきた感じがする。まるで、この世にいないような、どこか別の次元にいってしまったような、そんな感覚に陥る。

広縁には、それだけでひとつの旅の醍醐味になるほどの不思議な力があるように感じた。
きっと広縁は、現実と旅の間にあって、あの世とこの世の間にあるのだ。だから広縁の椅子に座ると、どこかぼんやりとしてしまう。

そして、記憶の奥底に眠っていたいろいろなことを思い出す。

亡くなった父のこと、最初に入った会社での社員旅行のこと、疎遠になった友人のこと、そのような過去にあった「広い縁」を感じさせてくれる不思議な空間。
それが広縁なのだ。

 

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