野良本Vol.40 パリでメシを食う。 / 川内有緒

パリで生きる日本人の話

長野へ向かう新幹線の中で、「パリでメシを食う。」の終盤を読んでいた。パリで花屋を営む日本人「龍さん」のおはなしだった。

「龍さん」は、若い頃はバンドと哲学に熱中し、ひょんなことから花屋に勤め始め、日本各地の花屋へ修行したあと、20代前半で海外へ。ドイツを経てパリで花屋を構えるが、目の病気になってしまい存続の危機に陥る。そんな時にひとりの女性と出会い……。

このように、パリ在住の日本人たちの過去が語られていた。

その他にも、

”三つ星レストランの厨房で働く料理人、オペラ座に漫画喫茶を開いた若夫婦、パリコレで活躍するスタイリスト。その他、アーティスト、カメラマン、花屋、国連職員……パリにいつのまにか住み着いた日本人10人の軌跡” 

パリでメシを食う。裏表紙より

と裏表紙に紹介されている通り、この本には、遠い異国の地・花の都パリで生業を持つ日本人が紹介されている。

取材と執筆をしたのは「バウルを探して」「空をゆく巨人」「目の見えない白鳥さんとアートを見にいく」の著者である川内有緒さんだ。

この「パリでメシを食う。」を購入したきっかけは、レビューを読んだとか表紙に惹かれたとかではなく、川内有緒さんが書いた本だったから。上述した2冊を読んで、川内さんの可愛らしい文章と、その可愛らしさとは裏腹に素晴らしい経歴と経験と知性、そして、対象に密着した取材力に惚れて購入したのだが、購入時はパリの「ごはん」の話、グルメ本のような内容と思って購入したのだが、読んでみるとまるで違った。

海外で生計を立てている人には、日本で生計を立てるのもやっとの私なんかとは明らかに違う「何か」を持っているのでは?と思いながら読み進めた。

でも、案外そんなことなくて。いや、違いは確かにあるのだが、思っていたほどの決定的な差ではなかったというか。でもそのちょっとした違いが「今」を生んでいるんだろうな。

絶対的に学歴が必要……というわけではないし、流れに身を任せるのがうまかったり、一心不乱にひとつのことに立ち向かう覚悟のようなものだったり、確かにそれらは特別なものかもしれないけれど、私にだってそんな部分があるようなないような(いや、ないな)。

本で紹介された人々は、パリを目指して来た人もいれば、ちょっとしたきっかけでパリと出会いそのまま居ついてしまう、そんな人もいた。

パリで生活できているということは、仕事が継続できているということで、それなりに成功している人もいるし、世界的に成功している人もいた。職業もさまざま、年齢もさまざま、これぞ、まさしく十人十色(登場した人もちょうど十人)。

けれど、日本にだって同じくらい、いやそれ以上に努力している人はいくらでもいる。そもそも川内さんが書きたかったのは、この人たちのサクセスストーリーではないらしく、パリで暮らす日本人の普通の人生。

雑な表現をすれば、舞台が「パリ」なだけ。日本だって茨城県だって水戸市だって、この人たちのような物語をみんな持っている。

この本が特別なのは、舞台がパリで、書いている人が川内有緒さんだから、だと思う。

文庫本の「はじめに」と「あとがき」で川内さんがこう書いている。

”周りのパリジャンたちを見回せば、誰もが気楽に自分のペースで生きていた。派手に愛し合い、笑い、良く食べて、遊ぶことに忙しそうで、電車の遅れもカフェの店員の横柄さも気にする暇がないようだった。もちろん、一通りの罵り言葉を叫ぶことも忘れないが。”

”パリに来てみれば、何もパリジャンだけではなく、ここの日本人の多くが、とてもノビノビと生きていた。(中略)多くの人が「何者かに」になるべく努力をしている。しかし、パリではその方法がまるで違う。この街には「あるべき姿」がない。”

”ただひたすら自分の内なる声に耳を傾けていた。”

パリでメシを食う。より

良くも悪くも、パリは自由の国なのだ。色々な国の人々がつどい、自分の心の声に従って喜び笑い泣いて罵る(笑)。そのような街だから、規則正しい日本とはまるで違う。

そして、川内さんはその街に約6年住んでいた。取材するために、数日間パリに滞在していたのとは訳が違う。パリに住んでいたからこそ、長い時間をかけて取材対象と深く関わり、打ち解けることができた。そして、住んでいたからこそ、その土地ならではのことがわかり、書ける。簡潔な文章ではあったが、取材力の深さがなければ書けないようなことが多々書かれていた。

そうして書かれた文章を読むことで、パリに住む日本人の人生を、その背景とともに知ることができた。真似できそうにもない生き方もあったが、ひょっとしたら自分にも、と思うような生き方もあった。パリの自由な空気を吸えば、私だってもしかしたら、そんな風に思える話もあった。

でも、自分がダメな理由を「舞台」のせいにしているうちは、やっパリ、ダメなんだろうなぁ。

 

パリでメシを食う。/ 川内有緒