野良本 Vol.41  あなたのルーツを教えて下さい / 安田菜津紀

日本は本当に「良い国」なのだろうか

この本を読んで、私は度々涙を流した。涙の理由は、感動、悲しみ、憤り……読んだ項によって違った感情によるものだった。

あなたのルーツを教えて下さい」は、国外にルーツを持つ人々の「日本での生き方」を描いたノンフィクションだ。在日コリアンの他に、中国、シリア、カメルーン、ベトナム、ミャンマー、フィリピン、スリランカといった国外にルーツを持った人を著者の安田菜津紀さんが取材し記録した本である。

ここで言うルーツとは、父母のどちらかが日本以外の国籍を持つ人であるか、他国から日本へ移住してきた人を指す。

登場するのは15人(著者含む)で、その「ルーツ」を仕事に生かし大活躍をしている人が多い。ジャーナリストだったり、ジャグラーだったり……、ラッパー、漫画家、寿司職人、小説家。日本の多文化共生施設で働き、他国からの移住者やその子らを支援する職に就いた人もいる。

だがその過去は、ルーツが異なる(純粋な?日本人ではない)という理由で周囲から好奇の目で見られ、虐げられ、蔑まされ、苦しんでいることがほとんどだ。

ルーツのせいで子ども時代にいじめられ、その怒りを親にぶつけ、親は泣いて子に謝る。ごめんね、私が日本人じゃないから、私の娘だからいじめられるんだね、と。

見ず知らずの日本人から脅しを受けた人もいる。ルーツが違うから日本から出ていけ、息をするな、と。

このような人種差別の問題は、昔々の出来事ではない。

つい最近にだって起きている。

中でも痛ましいのは名古屋の出入国在留管理局で起きたウィシュマさんの悲劇だ。

スリランカ人のウィシュマさんは日本で働いていたが、とある理由で在留資格を失い、入管の施設に収容されてしまう。そこでウィシュマさんが受けたのは、人権を無視した扱いだった。最終的に、ウィシュマさんは衰弱し、絶命してしまう。

テレビやネットでも大きく報道されたこの事件が起きたのは2021年。つい最近(この記事を書いているのは2024年)の出来事だ。

更に大きな問題は事件後の管理局側・国側の隠蔽にある。事実とは違う報告書、黒塗りにされた日誌などの資料、公開されない収容所の映像(結局は公開されたが)。人ひとりの命が奪われたというのに、保身のためにここまでするのか、と憤りを覚えた。

著者の安田さんはウィシュマさんの故郷に向かい、ウィシュマさんの過ごした家に行き、遺族の話を聞くなど取材を重ねてこの事件の詳細を書いている。このウィシュマさんの章を読むだけでも、この本を買う価値があると思う。

ウィシュマさんの妹二人が「入管の闇」に対して抗う姿には、何とも言えない気持ちになった。入管側の事件への対応の酷さには、同じ日本人として恥ずかしく、申し訳なく思った。

「日本人でいることが恥ずかしくなりました」

私はこの本を読んでいて、心底そう思ったので職場の先輩方にそう告げた。

他国への差別、隠蔽気質。

日本ほど良い国はない、なんてことをたまに見聞きするが果たして本当だろうかと疑問を抱く。

「福田村事件って知ってる?」

私の感情を汲み取ってか、ある先輩が関東大震災後に起きた千葉県福田村(現在の野田市)の事件の話を聞かせてくれた。

震災直後の混沌の最中、福田村を訪れた四国の行商団が暴行を受けて殺害された。犯人は地域の自警団で、朝鮮人と間違えて殺害したという。

当時は情報網が今ほど発達していなかったとはいえ、罪のない人が幾人も殺害された何とも恐ろしい事件であった。更に恐ろしいのが、その事件が明るみに出たのが事件発生から50年以上経ってから、ということだ。

差別と隠蔽。

これは今に始まった訳ではない。日本に限ったことではないかもしれないが……。

日本ほど良い国はない、と信じて生きてきた私には、これらのことを知って天地がひっくり返ったような気持ちになる。

 

また、ある先輩はこう答えた。

「まぁ、でも日本ほど安全な国もないと言うからね」

確かに、そうなのかもしれない。

テレビやインターネットで、他国の残酷な事件や出来事を嫌というほどに見聞してきた。それらに比べると、日本はまだ安心と安全が確保された国といえる。

 

本を読み終えて、頭の中を整理してみる。

日本が島国であり、鎖国よろしく言語よろしく他国の干渉や影響を受けにくい環境であったことが、排他的な国民性を形成した原因の一つではないか、と仮説を立てた。

それゆえ日本は、異国の人への免疫がない。だから、この本に書かれているような出来事や福田村事件が起きてしまったのではないか。

これがもし、日本がこのような軌跡をたどっていなかったとしたら(陸続きの場所に他国があったとしたら)。

今の日本の悪いところは恐らくなくなるが、逆に今の日本の良いところも、恐らくない。今ほど平和ではなく、秩序もなく、裕福でもなく、穏やかではないかもしれない。

結局のところ、「これから」が大事なんだ。

酷い過去があったとしても、それをきちんと受け止められるか、そして、「これから」をどうしていくかが大事。

今の時代はこれまでとは違う。

インターネットの普及や海外旅行の普及で世界はぐっと近くなった。
日本に移住する異国の人の姿は、田舎でも当たり前に見られるようになった。

現代は、新しい日本が生まれる前の過渡期なのかもしれない。

私たち一人ひとりが、知見を深め視野を広げるよう努めていけば、きっと日本は本当に「良い国」になると思う。

あなたのルーツを教えて下さい
著 者 : 安田菜津紀
出版社 ‏ : ‎ 左右社
発売日 ‏ : ‎ 2022/2/22
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4865280593