水戸散歩(宮町・南町付近)

富士食堂で昼食を食べる(2023/1/8)

千波湖のほとりに車を停めて、水戸駅方面に歩き始めた。先日、M子さんが「街中を散歩したい」というものだから、水戸の街中を散歩しようと思ったのだ。

湖に沿って駅方面に歩いていると、M子さんが道に沿って続くガードレールの影を踏みながら歩き出した。散歩中によくやる「遊び」である。私はそれを邪魔しようと、ぐいっと腕を引っ張ったり押してみたりするが、M子さんは頑なにルールを守って影を踏みながら歩き続けた。

やがてガードレールが途切れると影がなくなった。どうするかと思えば、ちょうど私の影がM子さんの目の前に伸びていたのを踏みながら歩き出した。いつまでやるのかと思っていたら、少しして「もう終わり」と言って普通に歩き始めた。

そうこうしている内に、水戸駅北口付近に到着した。水戸東照宮の目の前を通ると、M子さんが立ち止ってじっとそちらを見ていたので「寄ってみる?」と聞いてみると「うん」と言うので参拝に行くことにした。
年が明けてから3度目の初詣である。3度目だから三詣か。

水戸東照宮は常磐や稲荷といった県内の大御所神社と比べるとこじんまりとしているが、金色の模様が所々に施されている。日光東照宮のように豪華絢爛……とまではいかないにしても、頑張っている感じがするしそれなりの見応えはあった。

参拝を終えると、宮下銀座を通る。昼の宮銀は寂しいアーケード街といった感があるが、それもまた趣きがあって良い。最近酒飲みに歩くことはなくなったが、このような場所は未来永劫残ってほしいものである(じゃあ飲みに行って金を落とせよという話である)。

宮銀を通り抜けて、駅前の大通りへ(国道50号)。「水戸の街中」といえば、真っ先にこの辺りが思い浮かぶ。……が、シャッターが下りている店が多く、人通りも少なく、こちらも寂しい感じである。

一昔、いや二昔、いやいやもっと前になるのかどうか。私が高校生の頃、この辺りはもっと活気があったと思うのだが。サントピアという若者向けのファッションビルがあって、小さな洋服屋やら雑貨屋やらレコード屋やらが点々とあって。クラブなんかもあったりして(今でもあるのか?)、友人はそこに遊びに行ったりして(私は小心者なのでほとんど行ったことがない)。私の青春時代は、この町とともにあったのに。

思い出に浸りながら「サントピアってこのへんだっけ?」とM子さんに聞くと「忘れた」とそっけない言葉が返ってきた。

だが、当時の賑わいとは違うが水戸の街にも変化はある。小洒落た飲食店が増えたような気がする。特に、お酒を飲めるお店が。

散歩を始めたのがちょうど昼時であったので、街中に良さげな飲食店があったらそこに入って飯を食ベる予定だった。焼肉やら立ち食い寿司やらイタリアンやら、お店の前を通る度に「ここは?」とM子さんに聞くが、なかなか首を縦に振らない。

南町のスクランブル交差点を千波湖方面に曲がってすぐにある「富士食堂」の前に来る。「富士食堂」は私が高校時代からある食堂で、スマホで調べてみると創業80年以上という記事があったから、私が生まれるずっと前からある食堂らしい。当時は「富士食(ふじしょく)」と呼んでいて、値段が手ごろで量もそこそこあったので、金がなくて常に腹ペコな高校生だった私は何度か食べに行ったのを憶えている。

ずいぶん久しぶりに富士食の前を通ったが、当時の面影はほとんどくっきりそのままに残っていて、懐かしさのあまりここでランチをしたい気持ちになるが、デートのランチに向いているかどうかといえば「向いていない」店だろう。というのも、最近の流行りのカフェのようにオシャレな感じはまったくないし、お世辞にもキレイなお店とは言えない。店の前にウィンドウケースがあって、そこに食品サンプルが並んでいる昭和レトロ感たっぷりの店である。

冗談半分に「ここはどう?」とM子さんに聞いてみると、意外や意外、「いいよ」と許可が下りたので何十年かぶりに富士食堂でランチをすることになった。

店内に入ってみると、あれ? こんな感じだったっけ? とまず思う。そもそも、富士食に来ていつも何を食べてたんだっけ? 幾度も食べに来たような記憶であったが、いざ店に入ると何も思い出せない。

ふらふらと席に着こうとすると、お店のおばちゃんが「食券買いました?」と聞いてきた。食券? はて、そんなものが? もはや、私は過去にこの店に来たことがあるのかどうか怪しくなってきた。

すべてがあやふやな記憶のまま、店内にもあるウィンドウケースの中の食品サンプルを見て何を食べるか決めることにした。それらを眺めていたら、麻婆豆腐の定食を過去に好んで食べていたような、それはこの店ではないような、またあやふやな記憶が蘇ってきたので、それに従い麻婆豆腐の定食を頼むことにした。

この店でいう食券は、自動販売機で買うそれとは違う。店に入ってすぐにあるカウンターで注文するものを言うと、カウンターのおばちゃんが棚から食券を取り出して渡してくれる(この時点で半分もぎる)。しかもこの食券の紙質が厚い。昔の電車に乗る時の切符のような厚さである。

店内には男性客が少しばかり既にいて、あとからも何人か客が来たが皆男性だった。持ってきた本を読む人、置いてある漫画を読む人、もくもくと食べる人といった感じで、賑やかさも華やかさもまるでなかったが、時間帯のせいだろうか。宴会を歓迎するようなチラシが壁に貼られていたので、夜は酒飲みが集まって賑わっているのかもしれない。内装はところどころ壁紙がはがれているようなところもあり、やはりお世辞にもキレイとは言えないが、汚いというほどでもない(個人差あり)。テーブルに置いてある調味料等の容器にも年代を感じた。

やがて麻婆豆腐定食(720円)とから揚げ定食(700円。M子さんの分)が運ばれてきた。量はそこそこ、味もまぁまぁうまい。麻婆豆腐がピリ辛だったけれど。M子さんが頼んだ鶏のから揚げも少しいただく。サクッとした衣ではないが、タレがかかっていてこれもなかなかうまい。

食事中にふと、箸袋を見て驚いた。「ファミリーレストラン 富士食堂」と書いてあった。「ファミレスかぁ」と呟いて店内を見渡した。私が抱いていた「ファミレス」のイメージががらりと変わった。

 

にっぽん全国 百年食堂/椎名誠

 

この日の散歩コース

水戸東照宮

富士食堂の外観

ショウウィンドウに食品サンプル

麻婆豆腐定食

鳥のから揚げ定食

食券の半券

箸袋に書かれた「ファミリーレストラン」