野良本Vol.23 TSUGUMI/吉本ばなな

私の本生活は「夜のせい」から始まった(吉本ばなな著「TSUGUMI」より)

不思議な夜のはなしに魅せられて。本の世界の住人になる。

「私」という人格は、「本」で保たれている。

孤独を感じた時、悩みがある時、困難にぶつかった時、チャンスを迎えた時にも、「自分」とは何だろう?と考えることがある。その「何か」を即答できなくて、今までの人生で自分がしてきたことを振り返る……悲しいことに「成功体験」と呼べるものはほとんどなく、自分って何だろう? と更なる深みにハマってしまう。

そんな時に、たどり着くのが「本」である。かろうじて(本当にかろうじて)、本はずっと読んできた。
読むペースが遅いから、たいした量は読んでいないし、頭も良くないから難しい本も読んでいない。それでも、「本を読む」という行為はずっと続けてきた。

私には、「本」がある。
それが少しばかりの自信になる。ステータスになる。脆いけれども、武器になる。
「本」という存在のおかげで、私は私を保てている気がする。

はて、本との出会いはいつだっただろう?
本という体裁をとったものならば、幼いころから漫画は散々読んできたが(キン肉マンとかドラゴンボールとか、その世代)。そうではなくて、小説などの活字の本との出会い。思い返してみると、小学生高学年くらいの頃であった。

学校単位で作成しているテストではなく、もうちょっと規模の大きいテストがあった。たぶん、県とか国とかの学力診断テストだったと思う。その国語のテストで、文章読解の問題があり、題材となった小説が「TUGUMI(つぐみ)」の「夜のせい」という章だった。

小学生の私は、「夜のせい」を一心に読みふけった。まぁ、テストの問題を解くためだから、読むのは当然なのだが、読んでいて面白くなってしまい、物語の世界にどっぷりと入り込んでしまった。もはや、問題を解くためという当初の目的を忘れ、読書に耽った。

”時々、不思議な夜がある。”

序文から惹きつけられる。

”少し空間がずれてしまったような、すべてのものがいっぺんに見えてしまったような夜だ。”

と続く。吉本ばななさん特有の表現であるが、当時の私にはそれが特別なものかどうかは判別できない。
頭では理解できないが、体ではその特別さを感じていたと思う。でなければ、テストの題材の文章を読んで、その世界に入り込むようなことはなかったはずだ。

「夜のせい」は、その後、主人公のまりあ、従兄弟のつぐみ、陽子ちゃんの小学生時代の回想に移る。
3人が大好きだったテレビ番組が終わりを迎えた、夏の夜。大切なものを失った3人は、自然と喪失感を共有する。

”夕食の間は、みんな無口だった。”

”政子おばさんが笑いながら、
「あんたたちの好きなの、今日、終わっちゃったんだわね」”

子どもたちの変化をおかしく思ったおばさんが、そのことを茶化す。今思うと、このおばさんの台詞の語尾「だわね」がいい味出しているな、なんて思う。

そこへ、”いつでも反抗期”なつぐみが反発する。

”「むだ口をたたくんじゃない」”

つぐみに対し、迷惑千万な思いばかり抱いていたまりあだったが、この時ばかりはつぐみの肩を持った。
「共通の敵」を見出した時の結束力は、固い。

さて、大切なものを失った3人は、その夜揃いも揃って眠れない。まりあが庭に出ると、そこには陽子ちゃんがいて、二人で夜の散歩に繰り出すと、そこにはつぐみがいて。3人はそのまま隣町まで散歩して、コーラを買って飲む。その頃には、テレビ番組が終わってしまったという悲しみはすっかり消え去っていた。

私の記憶が確かならば(「料理の鉄人」懐かしい!)、私が受けたテストに掲載されていたのは、このあたりまでだったと思う。このあと、大学生になって町を出たまりあが、つぐみの町に一時的に帰省した夜に、同じような「不思議な夜」を過ごす。

当時の私は、この「夜のせい」を読んで、TSUGUMIの世界に飛び立った。問題にはしっかり解答したけれども(正解か不正解かはわからないが)、テストを終えてしばらく「夜のせい」の世界が忘れられなかった。奇しくも、当時の私と回想の中のまりあたちは、同年代。彼女たちに共感できるポイントがたくさんあったのだろう。

それは、とても変な気持ちであった。小学生の私にとって、初めての体験であった。

もしあるならば、「夜のせい」の続きを読みたい。あの不思議な世界にまた入り込みたい。
文章問題の最後に出典が書いてあったのだろう、「夜のせい」が「TSUGUMI」という本の一篇だと知り、生まれて初めて小説の本を買った。

それから。
私は、度々「TSUGUMI」を思い出す。
人生に行き詰った時や転機に、そして、夏の夜に散歩している時に。

私にとって、始まりの本。
とてもとても、大切な本。
なのに、私はその単行本を古本屋に売ってしまった。(その後、文庫を買い直したけれど)

という訳で、私が本を好きになったのは、「夜のせい」のせいだった、というおはなし。

※引用文の出典…TSUGUMI 吉本ばなな(中公文庫)より

TUGUMI(つぐみ) (中公文庫)