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猿と伯山(神田伯山の独演会@日立市)

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心に響く、釈台を叩く音(2026/1/16)

私に飲み歩きを教えてくれたのは猿だった。

猿と言っても人である。人であっても猿みたいな人である。頭の中が猿なのだ。

私はこの人のことを心の中で「猿師匠」と呼んでいる。

「職場に気に入らないヤツがいてさ。あいつは絶対に許せない。どこかで偶然会ったら泣くまで説教してやる」

と猿みたいな人が息巻く。この短絡的な発言からわかるように、猿並の脳みその持ち主だ……ひょっとしたら猿以下かも?

「今は問題になりますよ、そういうことすると。そういう世の中ですからね。だったらバレないように車のタイヤの空気抜くとか」

いや、私も同類か。

猿師匠と私は、だいぶ大人になってから出会った。お互いにポンコツ同士で気が合うのか、出会って以来10年以上の付き合いになる。

この日は、猿師匠と私、それと二人の恩師であるM先生の3人で、講談師・神田伯山の独演会を聴きに日立へ行ってきた。せっかく日立まで行くのだから、ついでに酒を飲もうということになり、猿師匠とは水戸駅で落ち合って、40代半ばを過ぎたポンコツおっさんが二人、常磐線に乗って日立へと向かっていた。

憧れの神田伯山。

二ツ目時代の「松之丞」の時から脚光を浴び、2020年2月に講談の大名跡である6代目神田伯山を襲名した、講談界で抜群の人気を誇る講談師。「日本一チケットが取れない講談師」としても有名で、講談のみならずテレビやラジオの世界でも大活躍中である。

私は落語をたまに見に行くが、講談を生で聞いたことはほとんどない。浅草演芸ホールあたりで聞いたことがあるようなないような、程度である。

神田伯山の講談は、松之丞時代にポッドキャストの「シブラク」で聞いたことがある程度で、「ファン」という訳でもない。けれど、以前に一度だけ「(顔が)神田松之丞に似ているよね」と言われたことがあって、勝手に親近感を抱いていた。

そんな神田伯山のプレミアムなチケットを、飲み歩きの師匠であるだけでなく、ポンコツ人間の師匠でもある猿師匠が、見事にゲットしてくれた。その朗報を聞いて以来、私はこの日が来るのを今か今かと待ち遠しく思っていた。

「今は講談が楽しみで行く気満々でもさ、居酒屋行って飲み始めるとさ、行くのが面倒になるんだよね」

「はぁ、そんなもんですかね」

どこかに行く前に、一杯引っ掛けるということをしたことがない私には、猿師匠の言っていることがいまいちピンとこなかった。

「グッズ買うの? 買いそうだよね(笑)」

猿師匠がバカにしたように笑う。グッズを買って何が悪い、と思う。

寄席や落語会に行くと、実際にグッズは欲しくなる。手拭いとかTシャツとか、毎度欲しくなるが我慢している。果たして今日はどうだろう。

そんな風にして、ポンコツおっさん二人は下らない話をしながら電車に揺られているうちに、日立駅に着いた。

駅を降りると、海からの風が服の上から肌を突き刺してきた。水戸はまだ暖かったのに、日立に来たらとても寒く感じた。水戸より北に来たからだろうか、それとも単に日が暮れて気温が下がったからだろうか。

寒そうにしている私を見て、猿師匠が言う。

「甘いな。そんな薄着をして」

私の服装は、薄手のセーターに薄手のコート。家を出る時はこれでじゅうぶんと思ったのだが、こうして日立に来てみると、たしかにダウンでも着てくればよかったと悔やむ。猿師匠の服装を見ると薄手のセーターにさほど暖かくもなさそうな、安っぽいジャケットだった。

「俺と変わりないじゃないですか」

「これが違うんだよ」

そう言って、猿師匠はコートの下に身に着けている黒いインナーを指差す。

「なんすかそれ」

「ワークマンで買ったユニクロのヒートテックよりも暖かいヒートテックさ」

「はぁ」

「これめっちゃ暖かいから。寒いでしょその服装じゃ。この近くにワークマンないの? 今から探しにいこうよ」

「今から? いや、いいです。それよりもどこで飲むんですか?」

猿師匠、十八番のダル絡みが始まったので、早々に話を切り上げて、日立駅直下の焼き鳥屋「三代目鳥メロ」に入る。日立駅に到着したのは16時前。開場は17時半、独演会の開演は18時半だから、1時間ばかり飲むことができる。

「ねぇねぇ、お姉さん」と居酒屋の女性店員を呼び止める猿師匠。「お姉さんのおすすめは何?」などと、無駄に店員に絡むのも猿師匠の十八番の一つである。

(また始まった)

呆れた私はものも言わず、出されたビールを飲み、焼き鳥を口へと運ぶ。

(変わらないなぁ、この人は)

ぐびぐびとビールを飲みながら、猿師匠の顔を見ると、猿師匠も、つけていたマスクを外してビールを飲む。その瞬間、猿師匠の変化に気づいた。

「歯がない!」

猿師匠の前歯が一本なくなっている。見間違いかと思い、ようく目を凝らして見てみたが、やはり前歯が一本足りない。

「年末に軟骨食べたら抜けちゃってさ」

「あるんすか。そんなこと」

「あるのよ。そんなことが。だから今日は軟骨はいらない」

「相変わらず、飲み歩いてるんですね」

「そんなことないよ。月に一回くらいかな」

「じゅうぶんですよ」

私が外で酒を飲むのは、数カ月ぶりである。その時も相手は猿師匠とM先生だった。

「前は週に一度や二度は飲み歩いてたのにな」

猿師匠がぼやく。

「歳を取ったんですよ、僕たちも」

酒が進んで、ぼやきも進む。

「あーあ、生まれ変わるなら犬になりたいな。もう人間はいいや。ご主人様〜って飼い主に尻尾振ってれば可愛がってもらえるじゃん」

「猿先輩が犬っすか」

「そうだよ」

お世辞にお世辞を何度重ねても、「可愛らしい」という風貌ではなく、どちらかというと「醜い」風貌の猿師匠が、例え犬に生まれ変わったとして、可愛らしく見えるイメージが全くできなかった。そもそも、猿と犬では相性も悪かろう。

「それって可愛いがってもらえるような犬なんですか」

「可愛いでしょそりゃ」

その自信は、どこから来るのか。

ビールに日本酒、ウーロンハイを飲んですっかり酔っぱらった頃、M先生と合流して、いざ神田伯山独演会に向かった。

開場の日立市民会館は、1,300人もの人がわんさかと押し寄せ、わっちゃわちゃとしていた。神田伯山を一目見ようと、日立市民が、いや我々のように近隣の市町村からもやってきたのだろう。

開演前には「スマホの電源をお切りください」と再三の呼びかけが。あまりに執拗なので不思議に思うが、後で調べて見てわかったのだが、過去の伯山の講談中に、スマホの音が鳴り響き、噺の邪魔をされたことが何度もあったためだとか。

さて、前座の饅頭怖いを終えると神田伯山の講談が始まった。

1席目:源平盛衰記 那須与一 扇の的

クライマックスになるとカタンカタン! と張扇で釈台をリズミカルに打ちながら、浪曲を歌うかのように物語が進む。これが実に心地よい。アートなパフォーマンスを見ながら物語を聴いているようで、伯山の世界観に腰までずっぽりと浸かる。

2席目:赤穂義士外伝 忠僕元助

日本酒が効いてしまいうつらうつら。カタンカタン! と時折鳴り響く音で身体をビクつかせながら、眠気と戦っているうちに話が終わる。一生の不覚なり。

中入りでM先生と猿師匠が口を揃えて興奮気味に「よかったねー❗」と言うが、2席目については共感できるほど聴けていないので、1席目を聴いた後の気分を思い出して「よかったですねー‼️」と同調した。

猿師匠はよほど感動したと見えて、「よし、本を買うぞ‼️」とグッズ売り場に並ぶ。師匠に釣られて私も本を一冊購入。サイン本なり。

3席目:浜野矩随(はまの・のりゆき)

枕は林家三平師匠の落語「浜野矩随 」を見た時の話。「2代目」、「その時の気分で同じものを見ても違う感想を抱く」という話が伯山の「浜野矩随」の本編に繋がっていて「さすが」と唸る。

本編は圧巻の一言。腕の良い彫刻家の息子・浜野矩随 が、父亡き後に家業(腰元彫り )を継ぐが、出来上がるのはヘンテコリンなものばかり(河童の頭に狸の体を持った河童たぬきや足が3本にしか見えない馬だとか)。

父の代から面倒を見てくれていた道具屋にも愛想をつかされ、身投げしてしまおうかと悩む。母親から最後に観世音菩薩 を彫ってくれと頼まれ、何日も寝ずに一心不乱で菩薩を彫る。出来上がりを道具屋に持っていくと、父の彫ったものと見紛うほどの出来の良さで……。

物語の世界にずいずいと引き込まれ、予定時間をオーバーしていてもまったく長さや飽きなど感じさせなかった。これが芸の極みか。見終わった瞬間、全身がビリビリとした。

会場の日立市民会館はほぼ満席。約1,300人分の座席がほとんど丸々埋まっていた。おおぜいの観客たちは講談中に雑音を漏らすことなく、静かに伯山の話に聞き入っていた。

その広い会場に行き渡る伯山の声、鳴り響く釈台を叩く音。それらが作り出す、物語の世界への没入。それは、インターネットやテレビやラジオでは体験できないものだった。

 

神田伯山の独演会を終えて、21時。3人で日立の夜の街を歩く。日立製作所創業の地・茨城県日立市。工業の発展でかつては隆盛を極めたこの町も、今や人口減少が続いていて、少し寂れた印象を持っていた。だが、夜の日立は元気だった。若者がにぎやかに飲み歩き、飲み屋も煌々と明かりを灯し、彼らを迎え入れていた。

私たちは神田伯山のあれがよかった、これがすごかったなどと話しながら夜の日立を歩き、M先生おすすめの町中華に入る。

昭和風の店内は、カウンター席が数席とテーブル席が3つ4つあるくらいのこじんまりとした感じ。雑誌や新聞やらが置いてあり、店の上部にテレビが流され、「おっかさん」のような人が注文を取り、その注文を「はいよ!」と厨房の男二人が威勢よく請け負って調理している。昭和にタイムスリップしたかのような、懐かしい雰囲気の店だった。

しかも、値段が安い。塩焼きそば、チャーハン、餃子×2、レバニラ炒め、麻婆豆腐、サワー×3をおかわり1杯ずつ注文して、会計は5,000円ほぼちょうど。料理を出すのも早くて待ち時間が少ないのもいい。

町中華が22時で閉店になったので、店を出る。終電は23時ちょっと前だから、もう一軒くらい行きたいところ。結局、3軒目は最初に行った駅近くの「三代目鳥メロ」に舞い戻り、2杯ほど飲んで日立を後にした。

「あなた達の代はね、本当に出来が悪くてね」

帰りの電車の中、M先生が当時の話をしだした。当時とは、私と猿師匠が無職で、職業訓練の学校に通っていた時のこと。私たちはそこでM先生に教えを乞うていた。

「特に、貴方には手がかかったわ」

猿師匠に向かって、M先生は言う。

確かに、M先生は猿師匠にマンツーマンで指導することが多かった。私はというと、クラスの中では割と成績優秀な方だったが、職業訓練の学校を卒業してからしばらくしても就職先が決まらなかった。

「君たちのクラスは就職率が悪くてね。でも、今では二人とも立派に働いているからいいけれど」

M先生はそんな風に言ってくれたけれど、(いや、二人とも今でも出来が悪いのですが)と思う。

私と猿師匠は、今も昔も「河童たぬき」を作り続けている気がする。浜野矩随のように努力を続ければ、いつか大成する日が来るのだろうか。

カタンカタン! 電車の揺れる音が、釈台を叩く音に聞こえた。

 

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