創業60余年の言わずと知れた笠間の老舗そば処
石臼挽き手打ちの田舎蕎麦
★「なが井」の記憶
古くから通う馴染みの蕎麦屋がある。
蕎麦屋の店主と私の父が親しい友人の関係にあり、幼い頃によく連れて行かれた。
その蕎麦屋は、「そば処なが井」という。
茨城県笠間市(旧友部町)にある、60年以上続く老舗の蕎麦屋である。
父はとても酒飲みだったから、「なが井」の奥にある座敷部屋でよく宴会をしていた。
母と一緒に父を迎えに行き、座敷部屋で父が腰を上げるのを待つ。
しかし、父は酒が入るとどうにもこうにもな人になってしまうので、なかなか席を立とうとしない。
家にいる時とは明らかに違う父の姿。
タバコの煙、顔を紅潮させて騒ぐ陽気なおじさんたち。
私は酒に酔った父が好きではなかったから、早く家に帰りたいと思っていた。
また、「なが井」さんとは家族ぐるみの付き合いだったから、蕎麦屋の2階にあった住居スペースにも立ち入っていて、そこで遊ばせてもらった記憶もある。
その2階に上がる階段が外にあって、それが鉄の階段で、幼い私はそこから転がり落ちた。
それから、私は階段が苦手になって、特に降りるのは今でも怖い。
山登りの下りが怖いのも、ひょっとしたらその体験が由来なのかもしれない……なんて、自分が運動神経がないだけだろうに。
大晦日になると、父はなが井に蕎麦打ちの手伝いに行っていた。
夜は打った蕎麦を持ち帰り、それを家族みんなで食べた。
それは、毎年恒例の行事になった。
それから、私の父もなが井の店主も亡くなってしまったが、その関係は今でも続いている。
「なが井」は店主(父の親友)の息子が継ぎ、お盆や彼岸、命日になると、その息子さんが線香を上げにうちに来てくれる。
大晦日には毎年蕎麦を持ってきてくれる。
父の墓と「なが井」の墓は同じ墓地にあるので、私も父の墓と一緒に「なが井」の墓を参るのだが、それはもはや当たり前の行為になっている。
そして、私と母はたまになが井に蕎麦を食べに行く。
これを書いている本日も「なが井に蕎麦を食べに行こう」と母の唐突な提案に従い、なが井に行ってきたところである。
★なが井の「春野菜の天ざる」
暖簾をくぐり、店に入ると「おー!いらっしゃい!よくきてくれたね」と現・店主(息子さん)が声をかけてくれた。
どもども、と軽く挨拶をし、席に座る。
店の外も中も、昔と変わらない。
変わったといえば、アクリル板のついたてが設置されたくらいか(コロナ禍)。
昔と変わらない「なが井」に来ると、どうしても生前の父と過ごした日々を思い出してしまう。
同時に、当時の私も思い出し、ああ、大人になったな、いやおじさんになってしまったな、と物思いにふけってしまう。
さて、蕎麦である。
先月もなが井に来たばかりであるが、今日は何にしようか。
腹が空いていたら、蕎麦と一緒にそばがきも注文したいところだが、あいにく今日の朝は遅く起きたので朝ご飯を食べてからさほど時間が経っていない。
蕎麦だけにしようと思うが、さてさて、どれが良かろうか。
とメニューを眺める。
座ったテーブルに置いてあるメニューの他に、黒板に今日のおすすめ的なものが書いてある。
そこに一際目を引くメニューがあった。
「春野菜の天ざる 1,100円」
春野菜という表現が食欲をそそる。
さらに、そのすぐ脇に天ぷらの具材が書いてある。
「筍、タラの芽、ソラマメ、こごみ、うど、のびる」
なるほど、山菜づくしである。
これはうまそうと春野菜の天ざるに即決する。
母は普通の天ざるを頼み、蕎麦が来るのを待つ。
待っている間は読書タイム。
家から持ってきた内田百閒の「御馳走帖」をカバンから取り出し、読書にふける。
この時読んだ「猪の足頸」がユーモアに富んでいてオチもしっかりとしていて、とてもよくできた小品であった。
さすが百閒先生だ、と唸っていると、蕎麦が到着した。
蕎麦は黒々とした田舎蕎麦(二八)。
それにボリュームたっぷりの山菜の天ぷらが添えられている。
どれどれと露を注ぎ、薬味を混ぜて、蕎麦をつるっとやる。
つるつるしていて、とてもうまい。
蕎麦の味も、しっかりと感じられる。
心なしか、先月よりうまく感じるのは何故だろう。
「馴染みの蕎麦屋」と冒頭に書いたが、蕎麦を食べに行くのはせいぜい年に2、3回である。
家から近いのだし、間柄を考えればもっと食べに行くべきなのだが。
続いて、山菜の天ぷらをいただく。
どれもこれも、具が大きい。
ソラマメ、筍は一目でわかる。
だが、それ以外がわからない。
タラの芽くらいはわかりそうなものだが、わからない。
その程度だから、こごみ、うど、のびるなんて、わかる訳もない。
それらの山菜たちが食べたくて、注文をしたのに。
備え付けの塩をつけて、ぱくっとそれぞれ食べてみる。
苦味があってとてもおいしい。
けれども、何を食べているかわからないのは、ちょっと勿体ない。
母ならわかるだろうと思い、聞いてみるが、
「これ、何だろう?」
「わからない」
「これは?」
「わからない」
「じゃあ、これ」
「わからない」
こんな塩梅である。
結局、せっかく春の山菜を食べたのに、何をいつ食べたのかわからず終いになってしまった。
わからないまま山菜を平らげ、蕎麦も食べ終える。
すると、ささっと帰り支度をする。
食べに行った時は、大体食べたらすぐ帰る。
父が一緒だった時とは違う。
そもそもお昼時とあって、次々と客がやってくるから、なが井のお母さんやら息子さんやらと話す暇はない。
「ごちそうさまでした。おいしかったです」
となが井のお母さんに礼を言うと、
「ありがとうね、また来てね」と満面の笑みで礼を返された。
「おいしかったね」と母に言う。
「うん、おいしかった」と母も言う。
帰り際に、また父のことを想った。
「なが井」に来ることは、父への恩返しのようなものとして、私と母は捉えているのかもしれない。
ならば、たまには「長居」してもいいのかな。
「なが井」だけに。
店舗詳細
住所 茨城県笠間市八雲1丁目3−6
定休日 毎週日曜
特徴 常陸秋そば +100円で十割に 季節ごとの限定メニューが人気(冬季の牡蠣そば、けんちんそば、季節ごとの野菜の天ぷらそばなど)田舎蕎麦 石臼挽き手打ち
※店舗情報は変更になっている可能性があります。