野良本 Vol.35 そばと私

季刊「新そば」に掲載された「そばエッセイ」67編収録

石岡市の「やさと」エリアで食べたそば。店はどこだが忘れたが、うまかった。

気付くと蕎麦屋にいた。……というと大袈裟かもしれないが、それに近いことがよくある。

例えば、ツレと食事に行く際に、さてどこに行こうとなって、うんうん唸って考えてみたもののツレの偏食があるからなかなか決まらない。結局「どこでもいいよ」と言われ、「じゃあ、蕎麦屋にしよう」となる。

他に、「好きなもの食べていいぞ」なんて上司に言われた時も……「じゃあ、蕎麦行きましょう」。

母親とランチする時も……○○はこの間行ったし○○はその前行ったし……「じゃあ、永井食堂行こうか」もしくは「与三郎庵行こうか」(両方とも蕎麦屋)。

思えば昔からそうだったような。高校時代は学校帰りに友人と駅のホームでそばを食べ、東京に住んでいた頃も腹は減ったがゆっくり食べる時間がないような時は「富士そば」へ。

かといって、「そば通」と言えるほどそばに通じてはいない。方々の蕎麦屋でそばを食べてきたが、どこの蕎麦屋が特別うまかった、なんてことを他人様に述べることなど滅多にない。たまにそんな蕎麦屋があったとしても、記憶力に乏しい私だから人に言う前に忘れてしまう。

そんな私でも、思い入れのある蕎麦屋がいくつかある。

与三郎庵のそば(だったと思う)。

1つは、水戸市の木葉下町にある「与三郎庵」という蕎麦屋で、ここは生前の父と一緒に何度か食べに行った。マイタケの天ぷらがおいしくて、他の天ぷらもさくさくとしていてうまい。父亡き後も、残された母を連れてたまに食べに行く。

2つ目は、これも父親絡みだが、父の親友が営んでいた笠間市の「永井食堂」である。幼い頃から家族でよく食べに行った蕎麦屋だ。その父の親友は父より先に亡くなってしまい、その後は長男が継いで店を切り盛りしている。他ではあまり見ないようなそば料理があって、贔屓目抜きにしてもなかなか面白い蕎麦屋だと思う。この店で父はよく酒飲みをしていて、母と私で父を迎えに行き、そのついでに「そばがき」を食べた。その思い出があるからか、今でも永井食堂に行くと「そばがき」を注文することが多い。

3つ目は、幼馴染が営む水戸市の「正寿庵」。先代の後を継いで幼稚園からの幼馴染が今は店を任されているというのに、しかもすぐ近くに住んでいるというのに、滅多に食べに行かない私の不義理なことといったら、もう。

最後は、水戸市住吉町の「蕎麦一」。ここは最初の就職先が近くにあったものだから、昼休憩の時に食べに通った。そばと天ぷら、それにとろろなどがついた定食「そば定食(通称:そば定)」がお気に入りで、これがなかなかに盛りがいい。ごはんとそばのどちらも大盛りにすることができて、腹いっぱいに食べることができる。この「そば定」を毎日のように食べていたせいで、当時の私は人生で一番肥えていた(おそらくそれ以外の間食が最たる原因だと思うが)。

水戸市の蕎麦一の「そば定」

先日、久しぶりに「そば定」が食べたくなって「蕎麦一」に行ってきた。私が通っていた頃は、今からおよそ15年くらい前であったが、当時と変わらぬ店構えで店員さんも変わっていなかったと思う。当然「そば定」をそば大盛りで注文。注文する時は「そば定、そば大盛りで!」。「そば定食」とフルネームで頼まないところが、常連ぶっていると我ながら思うが、元常連だから許されるだろう。出されたそば大盛りの「そば定」をぺろり。私も以前と変わらぬ大食ぶりであるが、当時よりは幾分痩せている。

そんなわけで。とにかく私は、なんやかんやで蕎麦屋でそばを食べることが多い。

蕎麦屋がファーストチョイスになることもあれば、最後の砦となることもある。つまり、無性に「そば」が食べたくなる時もあれば、他に食べたいものがないから「そば」を選ぶこともある。

その証拠といっては何だが、先日スマートフォンに保存された過去の画像を眺めていたら、ところどころにそばの写真が保存されていた。どこの蕎麦屋かまではわからない。でも、その日その時、私は確かに蕎麦屋でそばを食べていた。

「そば」は、私にとってとても身近な食べものなのだ。そば(傍・側)だけに。

○そばと私/季刊「新そば」編

編者:季刊「新そば」
発行所:㈱文藝春秋
発行日:2016/9/10 第1刷
ISBN:9784167907068
定価:本体650円+税

ああ今日もそばが食べたい! 知る人ぞ知るそば雑誌、季刊「新そば」に掲載された「そばエッセイ」約半世紀分を集大成。
赤塚不二夫、淡谷のり子、永六輔、桂米朝、菅原文太、立川談志、丹波哲郎、南春夫、養老孟司、若尾文子……日本各界を代表する67人が、ほどよい蘊蓄と溢れるそば相を綴った一冊。
そば好きの、どうぞおそばに。

以上、裏表紙より引用

そば雑誌から生まれた正真正銘の「そば本」。けれども著者は「そば通」という訳でもなく、「そば」という食べ物の各々の人生での関わりを短くそしておもしろおかしく綴っている。

とにかく、著者人の豪華絢爛で幅広なことといったら。漫画家、俳優、映画監督、歌手、俳人に落語家、大道芸人といった文化人から、宮内庁大膳寮主房長の方(昭和天皇の食事を作っていた方)、昭和天皇の侍従長、学者の方々までバラエティに富んでいる。

上述した方々の他、私の知っている人でいうと、浅野忠信、今村昌平、北島三郎、北杜夫、衣笠祥雄、児玉清、梨元勝、三浦雄一郎、桃井かおり、淀川長治……。

このような華々しい執筆陣が、各々の「そばと私」について語ってくれているのだから、そば好きではなくても楽しめてしまう一冊になっている。

そば家・麦藁の蕎麦と袋田の滝
常陸大宮で蕎麦を食い、大子の袋田の滝を眺める小さな旅へ