おすすめの野良本 ⑤ 羊飼いの暮らし / ジェイムズ・リーバンクス

羊飼いの暮らし / ジェイムズ・リーバンクス(早川書房)を読んで

 

「羊飼いの暮らし」との出会い

本との出会いは、いつ何時、どんな形でやってくるかわからない。

そして、出会った本が、自分にとってどんな影響を与えるかも、読んでみないとわからない。

ひょっとしたら、まったく為にならない内容かもしれないし、考え方や生き方を変えてしまうほどの衝撃を与えてくれる内容かもしれない。

読書はそれなりに時間を使う行為だから、場合によってはその時間を無駄にしてしまうかもしれない。

 

それでも私は、本を読む。
(読むの遅いけれど)

本屋に足を運ぶ。

ネットでいい本がないかと探す。

人におすすめの本を聞く。

 

そうして、いい本に巡り会えた時、心がとても豊かになるのがわかる。
こんなに素敵な気持ちになっていいものかと、不安になるくらい。

怖いくらいに良い気持ちになってしまうから、その気持ちをお裾分けしたくなって、友人の本読みに勧めてみる。

その人が読んで、「いい本だった」と言ってくれたら、またうれしくなる。

いい本は、それほどの感動を与えてくれる。

 

今回紹介する「羊飼いの暮らし」もまた、とてもとてもいい本で、生涯大事に保管しておこうと思っているくらい(という割に本棚に雑にしまってある)。

この素敵な本「羊飼いの暮らし」との出会いは、尊敬するNさんから勧められたからであった。

Nさんが紹介してくれる本は、私にとって「絶対」であって、Nさんが「いいよ、おもしろいよ」と言う本は大抵購入している。

私にも理解できそうな(簡単な)内容だな、と判断できた時に限るが。

 

Nさんとの出会い

Nさんとは、私が本屋に勤めている時に出会った。

私の勤めていた本屋は、いわゆる複合型書店であったので、レンタルCDやDVD、販売のCDやDVDと一緒に本を売っているお店だった。

「本屋さんになりたい!」と言って勤め始めたはよかったが、配属先はレンタル部門。

その時の悲しさといったら、がっかり具合といったら、もう。

でも、本を販売しているお店で働けるだけでも満足であったし、音楽も映画も好きだったので、それはそれで楽しく働いていた。

 

その本屋は某有名大手書店のTを運営する会社Cと提携していて、そのC社から部門ごとにアドバイザーの人がお店に指導に来るのだが、私の勤めるお店のレンタル部門(音楽)を担当していたのがNさんであった。

Nさんはとても博識で、音楽のことも詳しければ、映画についても詳しかった。
中でも一番詳しかったのが、本についてであった。

私よりも年下なのに、私よりもたくさん本を読んでいて、私の知らない「いい本」をたくさん知っていた。

当時私がNさんに「夏目漱石が好きなんすよー」と言ったところ、Nさんは「いいですねー」と言ってくれて、加えて一人の作家を紹介してくれた。

それは内田百閒であった。

阿房列車シリーズ、ノラやなどの名随筆と、冥途などのちょっと怪奇な短編小説を書いた夏目漱石のお弟子さんである。

Nさんに勧められるがまま、私は何冊か内田百閒の文庫本を買った。
そして、阿房列車シリーズのひねくれた文章にハマり、ノラやの淡々と描かれる悲しい日常に涙し、冥途の百閒先生独特の恐怖感に身を震わせた。

 

私は、まんまと内田百閒のファンになった。
あまりにファンになりすぎて、中野(東京)や岡山に百閒先生の墓参りに一人で行くほどであった。

あの日、Nさんに内田百閒を勧められなければ、私は岡山に行くことはなかっただろうし、家庭菜園のブログ名が「阿房菜園」になることもなかった。

沖縄の飲み屋で偶然会った人と、百閒先生の話で盛り上がることもなければ、公募の小説に応募する際に「八丁」なんてペンネームにすることもなかった。
(ネーミングの由来を真似た)

「イヤダカラ、イヤダ」なんて我儘な考えが世間に通るなんて思わなかった(私が真似しても世間には通用していないが)。

文章も影響を受けているところが多いし、笑いのセンスは必死に真似ようとしている。

いわば、人生を変える作家・本との出会いであった。
それをNさんが与えてくれた。

それからしばらくして、私は本屋の仕事を辞めた。
後にNさんから連絡があって、Nさんもそこの仕事を辞め、一人で出版社を始めたという。

Nさんが出版社!
それを聞いた時、私の心は躍った。

Nさんが本を作るなんて!
きっといい本に違いない!

その期待通り、Nさんはいい本をたくさん作った。

そして、とある理由でNさんに再会する機会があって。

その時に勧めてくれた本が、この「羊飼いの暮らし」だった。

 

農家も本読みも普段本を読まない人にも、みんなに読んでほしい一冊

 

この「羊飼いの暮らし」は、イギリスの湖水地方に住む「羊飼い」の話である。
イギリス湖水地方といえば、ワーズワース、ビアトリクス・ポターが有名だけれど、
この本の出版・成功によってジェイムズ・リーバンクスがここに名を連ねることになるのは、間違いない。

ベンジャミンかわいい

ちょうどこの本が日本で出版された年(2017年)がビアトリクス・ポターの生誕150周年にあたり、東京でピーターラビット展が開催されたので行ってきたとか、この本を読んでいる頃にピーターラビットの実写映画が公開されて観に行ってきたとかは別の話なので、置いておくとして。

「羊飼いの暮らし」は、著者のジェイムズ・リーバンクスの湖水地方での「羊飼いの暮らし」の様子が、季節ごとに淡々と描かれている。

その細かさと言ったら!
「羊飼い」の暮らしと仕事の実態が事細かく書かれていて、物語を読み進めながら、「羊飼い」という仕事についても詳しく慣れてしまいそうなほど。

羊という生き物との戦い、湖水地方の自然との戦い、そして、地域の伝統、家族を含む人々との戦い。
「戦い」とばかり書いてしまったが、もちろんバトルものの本などではない。
羊や自然や人々からは「戦い」の数と同等かそれ以上に、感動も与えてくれている。

私たちが普段触れることが少ない羊飼いや湖水地方の文化・暮らし・仕事の詳細が描かれているだけでも、とてもおもしろい。
だが、この「羊飼いの暮らし」のすごいところが、物語としても、とてもとてもおもしろいところである。

特に、このジェイムズ・リーバンクスを支えた家族の話はとてもよい。
本の終わりに著者が「この本は、私、父、祖父の家族の物語だ」と書いてある通り、物語の軸の一つに「家族」がある。

とりわけ私のお気に入りは祖母のお話で、読んで心が温かくなったのを覚えている。

と私がいくら「おもしろい、おもしろい」と言っても、この本を読み終えたのは2018年9月頃(読み始めてから1年近くかかるという遅読ぶり)であるから、今(2019年7月末)それを思い出しながら書いても、伝わりにくいかと思う。

なので、今しがた覚えたTwitterをブログに埋め込む方法を活用し、本を読んだ当時のツイートを転載しようと思う。

 

 

 

 

 

 

 

この本を読み終えた時、私はかかり付けの病院の待合室にいた。

当然、他にも患者さんが何人がいたのだが、最後の一文「ほかに望むものなど何もない。これが私の人生だ」に感動し、思わず目が潤んだ。

そのあとの診察で、涙目になっていないだろうかと気になって仕方なかった。

その時「人目をはばからず泣いた」なんてことになっていたら、この本を売るキラー・ワードになったのだろうが。

 

とにかく、いろんな人に読んでもらいたい一冊である。

この本の存在を教えてくれたNさん、この本をこの世に出した出版社の方々、この本を書いた著者に、深く感謝したい。

最後に、このブログを読んで、このブログのリンクから「羊飼いの暮らし」を購入した方々にも先にお礼をいっておこうかと思う。

お買い上げありがとうございました、と。

あぁ、素敵な本の紹介なのに、下衆なオチになってしまう。

こんなオチでは、湖水地方の羊たちも沈黙してしまうに違いない。