野良本⑥ そして、バトンは渡された/瀬尾まいこ

家族とは? を考えさせられる本。
餃子をお腹いっぱい食べたくなる本。

 

そして、「そして、バトンは渡された」は渡された

「おもしろくて一気に読めちゃったよ」

知人に本を勧められた時に、こんな風に言われたら読んでみたくなってしまうものだ。
「一気に読めた」という言葉は、それくらい強いキラーワードだと思う。

単なる「おもしろかった」ではない。

「おもしろくて、おもしろくて、他のやるべきことを差し置いて、読書の時間に充てちゃったよ」ということだから、それほどおもしろいのか!と興味を持たずにいられない。

何がどうしたとかいう、具体的な説明もそれはそれでいいのかもしれないが、その具体的な言葉に興味がない場合は、それが仇となる可能性だってある。
「おもしろくて一気に読めちゃったよ」という言葉は、そのような細かなことを一切に吹き飛ばして「読んでみたい」と思わせる力強さがある。

かくいう私も、この「そして、バトンは渡された」を読み始めた理由が、母から言われた同様の言葉であった。

「おもしろくて一気に読めちゃったよ」

母はそう言うと、深い緑色の表紙を纏った本を私に手渡した。

「そして、バトンは渡された 瀬尾まいこ」

表紙には本のタイトルと著者名が書かれている(当たり前だが)。
緑の表紙には、白い帯が巻かれていて、そこにはこう書いてあった。

「2019年 本屋大賞受賞」

これまた、キラーワードである。
書店員の投票によって決まるこの文学賞の受賞作には、「当たり」が多い。

さて、まさにバトンを渡されたように受け取ったこの本を、さっそく読んでみた。

…なるほど、おもしろい。
文章がきれいでかわいらしいし、節で物語の舞台や時代が変わることが多々あって、テンポがよくて飽きさせない。
1節1節がちょうどよい長さなので、寝る前に1節…のような読み方ができるのもいい。

何より、読んでいてとても優しい気持ちになる。
登場人物がみな優しい人だからだろう。

夜、寝る前にこの本を読んで、優しい気持ちになって睡眠に入る。
翌朝優しい気持ちのまま仕事に向かう。
優しい気持ちのまま仕事を…こなせるのは序盤までで、途中からはいつも通り心がやさぐれてしまうが、家に帰って本を読んで優しい気持ちに戻る…そんな日々を繰り返した。

この本を読んでいた時期は、一日のうちの「優しい気持ちでいられる時間」が明らかに増えた。
読み終えたら、またいつもの日常に戻ってしまったが。

遅読な私は1冊を読むのに数か月かけることがあるが、この「そして、バトンは渡された」はほんの2週間で読み終えることができた。
読み終えた期間の短さが、この本のおもしろさを物語っている。

読んだ本がおもしろければ、当然その反動もやってくる。

「そして、バトンは渡された」ロスだ。

この本を読まない日々がやってくるなんて!
森宮さんと優子さんのやり取りが読めないなんて!
二人の食事シーンが好きだったのに!

そう、この本には食事のシーンがとても多い。
その食事のシーンを読むと、とてもとても幸せになれて、食欲がわいてくる。
特に、餃子が腹いっぱいに食べたくなった。

そんな風な言葉を添えて、私もまた他の人にこの本を勧める。

そうして、「そして、バトンは渡された」という本は、バトンのように人から人へ渡っていくに違いない。

 

 

家族との食事を大事にしたくなる一冊…「そして、バトンは渡された」

物語の主軸は、「家族」である。

父親が3人、母親が2人いる17歳(物語序盤では)の女子高生・優子が主人公。
いかにも波乱万丈な人生を歩んでいるかのように見える彼女だが、彼女自身はちっとも「不幸」だなんて思っていない。
むしろ、「不幸だ」と思われることに困っている。
そんな彼女の学生時代を中心に物語が進んでいく。

そして、この物語には、もうひとつの軸がある。
それが、「食事」である。
今回本サイトで「そして、バトンは渡された」を紹介した理由が、ここにある。

度々、優子の3人目の父親であり、一緒に住んでいる森宮さんとの食事シーンが挿入される。
森宮さんは東大卒で頭がよく、稼ぎもいい。

でもちょっぴり変なところがあって、いや、ちょっとどころかかなり変なところがあって、優子が学校で苛めに合ったら、苛めに負けないようにスタミナをつけるためだと言って連日のように餃子を夕飯に作ったり、学校の始業式の朝にかつ丼を作ったり(受験の日ならわかるけれど)…。

だいたい森宮さんがらみの挿話は、おかしなものが多くて、食事がらみのものが多い。
前述したが、この食事のシーンが読んでいてとても楽しい。

優子と森宮さんの2人も、心から食事を楽しんでいるように思える。
ふざけているようでも、実は大真面目に娘(優子)に接している森宮さんというキャラ設定の勝利か。
優子の一見鈍感とすら思えるほどの「強さ」があるから、森宮さんとの爽快なやり取りが成立しているのかもしれない。

とにかく、この本を読んで、家での食事はこんなにも楽しくできるものなのかと羨ましくなった。

(今日の夕食は、何を話そうかな。どうやって笑いを取り入れようか)

この本を読んだ後は、そんなことを思うようになった。