益子焼の町「益子町」を唄いながら歩く(2023/2/3)
息子Uの授業参観を終えると、M子さんが「私をデートに連れて行って」と言うものだから、ちょっと遠出をして栃木県芳賀郡益子町に行くことにした。デートの内容は、「散歩」と「ランチ」である。
水戸市から益子町までは車で一時間ほどで着いた。途中、道路や畑に雪がうっすらと積もっていた。水戸などでは最近雪が降るような天気ではなかったが、益子辺りまで行くと天気も違うのだろう。
益子町は言わずと知れた益子焼の町である。益子焼は江戸時代から始まり、現代に至る。春と秋には陶器市が開催され、それはそれは大勢の人で賑わう。笠間焼の陶炎祭とはちょっと違い、祭りのエリアがちょっと広い。地域全体でお祭りをしているような感じで、とても賑やかな気分になる。
この日は、その陶器市が行われるエリア「城内坂」から「益子駅」まで歩いて往復した。共販センターに車を置かせてもらい、駅方面へ向けて散歩を始める。
城内坂は歩道が整備されていて、道の両端にギャラリーやら飲食店やらが並んでいた。この通りだけで、益子焼の販売店が約30店舗ほどあるという。だから、通り全体からアートの香りが漂う。歩いているだけで芸術家気分に浸れて気分が良くなる。
どれどれ、せっかく益子に来たのだから陶器のひとつも眺めようではないかと、一軒の陶器店に入る。その店には、青い陶器の食器やらが置かれていて、それがとてもきれいな青だったので、印象に残った(けれど、何も買わずに店を出た)。
「いやはや、きれいな青色だったね」
M子さんに向けて感想を述べる。
「そうだね。でも、青って食欲をそそる色じゃないよね」
うむ、確かに。食欲をそそるのは暖色系である。
「M君にはぴったりだね」と、M子さんに突かれ「どういうこと?」と返すと「ちょっと食欲失くした方がいいよ」と言われる。いやしかし、ごもっともかもしれないと思った(何せ大食いなもので)。
ちょうど昼時だったので、城内坂にある蕎麦屋「うえの」に入る。ここで、そばセットの大盛りを頼んだ。あるいは、店の中が青い陶器でいっぱいであったならば、普通盛りで済んだのかもしれない。この蕎麦屋のそばは、ラーメンのように見える太めの麺で、盛りがよかった。先ほどのM子さんの言葉などすっかり忘れてしまい、大盛りのそばをぺろりとたいらげた。
蕎麦屋を出て、また歩く。城内坂の信号を渡り、小さな川(小貝川の支流か)を渡ると「益子本通り」に入る。先ほどまでの城内坂とはまたちょっと雰囲気が違う通りで、小さなお店が転々としている。和菓子屋、時計屋、畳屋、籐編みの籠などを売るお店……。
どれも昔からあるような小さなお店で、駐車場などないお店ばかりである。このような個人事業のお店で生計が成り立つ町は、歩く人も多いのだろう。歩く人が多い町は、車社会の田舎では珍しい。
本通りにあった和菓子屋の窓に貼られた「苺大福」の文字に、M子さんが心を奪われてしまい吸い込まれるように店に入る。そこで苺大福と芋の和菓子を購入した。
通りには古本屋も2軒ほどあったので、店に入っていいかと問うと「入ってもいいけれど財布を出してはいけないよ」と釘を刺された。これ以上家が本で溢れるのを危惧しているらしい。古本屋ハナメガネ商会に入ると「日本の名随筆」シリーズが置いてあって、そのシリーズはうちにも何冊かあって、揃えたいと思うがおとなしく財布は出さずに店を出た。
(それにしてもいい町だ)
歩いていてふと思う。人口2万人ほどの小さな街なのに、個人のお店が並び、大手のチェーン店の姿はほとんどない……というか、城内坂と益子本通りにはガソリンスタンドくらいしかそのような店は見当たらなかったと思う。
さすが芸術の町だけあって並んでいる店も個性で溢れていて、その個性が町並を形成している。
それが歩く者の気分を高揚させる要因なのかもしれない。
気分が良くなった私は、歩きながら歌い始めた。
「ありがとう、ありがとう、ちゃんと伝わるかな? ふんふ~ん(以降、歌詞わからん)♪」
益子町に来るまでの道中、車中でかかっていた音楽である。M子さんのスマホに入っていた曲で、綾香の「ありがとうの輪」という。メロディもいいが、歌詞が泣かせる歌だ。その歌を車中で聞いてすっかり気に入ってしまい、散歩をしながら歌いだしてしまったわけで。街の雰囲気が良いから気分も良くなり、声が次第に大きくなる。
「ありがとう、ありがとう、ちゃんと伝わるかな? ふんふ~ん(以降、歌詞わからん)♪」
それが通りを歩く人が振り向くくらいの声量になると、M子さんは人差し指を口にあてて「しーっ」と言い私を睨んだ。
仕方がないから少し声量を下げて歌う。それでも大きかったのか「しーっ!」とやられる。ならば、ささやくような小声で……「しーっ!」。
「サビくらい気持ちよく歌わせてよ」と懇願すると「さっきからサビしか歌ってないじゃん」と言われ、確かにと思う。だって、サビしかわからないんだもの。
そんなやり取りをしながら、益子町の散歩を楽しんだ。
散歩の本
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- 著者 : 島田雅彦
- 発売日 : 2024/2/21
- 新書 : 224ページ
- 出版社 : 三省堂書店/創英社
- 著者 : 高橋冬
- 発売日 : 2024/3/6
- 単行本(ソフトカバー) : 398ページ