日本最古と言われる秘仏が眠る「善光寺」、日本最古級と言われる映画館「長野松竹相生座・長野ロキシー」を歩いて、蕎麦とビールで〆る(2023/8/10)
仕事の研修で長野市に行った。 1泊2日の研修だったが、スケジュールがびちびちに詰まっていて自由時間などほぼなかった(仕事の研修だから当たり前か)。 研修はそれはそれで勉強になったし楽しかったのだが、せっかく長野まで来たのに観光のひとつもできないなんて、という卑しい感情を抱くであろうと前もって予測をしていたので、帰りの新幹線のチケットは研修終了から少し余裕を持って遅めの時間に予約していた。
15時半に研修を終えると、他の職員はお土産買いに忙しそうだった。 新幹線までの時間がびちびちなのだろう。 私はその群れからひとり抜け出して、長野の街に舞い戻った。 新幹線の時間は19時過ぎ。少し余裕を持ちたいから18時半には駅に戻りたい。すると、長野滞在に与えられた時間は約3時間であった。
余裕を持った分の時間を過ごすために、近場の本屋は前もって調べておいた。 長野駅内に改造社書店があり、駅の近くには平安堂がある。 だが、本屋だけでは時間を持て余しそうだった。 本屋の他にも、長野の街や歴史を少し調べた。善光寺、戸隠神社が有名で、川中島の合戦が行われた川中島があったり、かつて養蚕が盛んだったり、最古の映画館があったり……。とても歴史のある街で、すべてを観光するには3時間ではとても足りなそう。
調べていて気になったのは、「信濃」は百姓一揆の発生件数が日本トップクラスだったこと。一揆って、御上からのお達しに不服を抱き、それを行動に移すということだから、意思表示をはっきり示す県民性でもあるのかな、と思った。
数ある観光名所の中で、善光寺は長野駅から歩いて行ける距離にある。 研修で一緒になった職員も、早起きして善光寺まで歩いていったと言っていたっけ。「一生に一度は参れ善光寺」と言われる善光寺。 日本最古の仏像がある寺で、本堂は国宝になっている(仏像は秘仏で見れない)。 ならば、善光寺まで散歩しよう、そうしよう、となった。
長野駅から善光寺まではまっすぐ一本道。 長野市道長野中央通り(旧北国街道)をひたすら歩く。 しかし、この日は散歩するには暑すぎた。 予報では33℃と言っていたが、あとから調べたところ35.9℃もあったという。前日は曇りでまだ良かったが、この日は晴れ渡っていたから日差しもあって、なおのこと暑い。
普段はクーラーがしっかりと効いた室内で仕事しているものだから、このような暑さにはとことん弱い。ひいひい言いながら歩いていると、ある欲求がわいてくる。
蕎麦が食べたい。
ビールが飲みたい。
研修中においしい信州そばはいただいたし、昨晩の懇親会ではビールをたらふく飲んだのだけれど、この暑さの下を歩いていたら、さっぱりした蕎麦と冷たいビールがたまらなく恋しくなった。
そんな訳で、ひとり散歩の目的に「蕎麦とビール」が追加された。 しかも、蕎麦屋で頼む蕎麦とビールがいい。
だが、時間が時間だったので、蕎麦屋はあっても開いていない。 帰るころには開店しているだろうと思い、ひとまず目先の善光寺を目指して歩くとする。
手ぬぐいで汗をぬぐいながら、長野市の街を、そこを歩く人を眺めながら歩き、大門町の交差点まで辿りつく。 ここから先は善光寺の参道になる。 建ち並ぶ店の佇まいも、それらしくなる(古めかしい、由緒ある感じ)。
さらに進んで善光寺の信号を過ぎると仁王門。 阿吽に口を開けた仁王像が並んで立っている。 これも歴史がありそうな像だった。 続いて六地蔵と濡れ地蔵を何となく見る。 うちのじいちゃんばあちゃんが眠る墓地にも六地蔵はあるが、それとは違って随分大きくて威厳があった。
山門をくぐった先に、善光寺の本堂があった。 その姿、実に勇ましい。後から知ったが、屋根の広さは日本一だという。 この日は縁日だったようで、提灯がぶら下がっていて賑わいが増して見える。 大香炉で煙を浴びようとしたが、時間切れでできなかった。
本堂の中に入ると、圧巻であった。 金ぴかの彫刻が壁にびっしりとあって、重く、強く、神々しく輝いていた。 しばらくそれをぽかんと眺めた。 何も考えずに、ただ圧倒された。 善光寺についての知識をほとんど持たずにここに来たが、これを見れただけで満足である。
本堂から出ると、逆方向から眺める山門の姿がまた素晴らしいことに気付く。 背後に山を抱える門の姿、まっすぐ続く参道、そこを群がるように歩く人、人、人。 長野に来たんだな、と実感がわいた。 知識を持たないで来たせいで、お戒壇めぐりも山門に登ることもせずに、善光寺をあとにした。
途中、本屋を見つける。 西澤書店という木製の看板を掲げた本屋で、新刊書店のようである。 「長野県は教育に力を入れているのよ」 研修で一緒だった職員が言っていたのを思い出す。 さぞかし難しい本が置いてあるのだろうと入ってみたが、いたって普通の街の本屋であった。
長野駅までの道は、蕎麦屋探しの道のりであった。 まだ時間が早いようで、蕎麦屋はあってもやはり開いていない。 ふと、権堂商店街の入り口を見つける。 アーケード街である。時間もまだあるし、面白そうだからのぞいてみようと寄り道をする。
ふらふらと漂うように商店街を歩いていると、古本屋を見つける。 「だんち堂」という古本屋で、若いおねーちゃんがレジに立っていた。 鬼無里の伝説が書かれた古い本が売っており、買いたい欲求に駆られたが我慢する。 が、帰りの新幹線で読む用に、古今亭志ん生の「志ん生滑稽ばなし」を購入した。 こちらは我慢できなかった。
古本屋の隣に、ちょうどよい蕎麦屋があって、そこに入ってみたが「予約でいっぱいです」と断られる。 店の雰囲気がよさげだったから、残念無念。
そのままアーケード街を歩いていると、映画館を見つけた。 「長野松竹相生座・長野ロキシー」である。 ここは、日本最古級の映画館らしく、1882年に芝居小屋「千歳座」として開業し、現在に至るという。 公開中の映画を見ると、新しいものから古いものまで上映しているようだ。 さすがに映画を観る時間はないから、外から映画館を眺めるのみとした。
その後はアーケード街から少し道を逸れ、長野駅方面へとでたらめに歩いた。 スナックやらの看板が多くあり、夜になればさぞかし賑わっているのだろうと思う。 されど、「ちょうどよい蕎麦屋」がなかなか見つからない。 ラーメン屋は開いているが、長野に来たらかっ「支那の蕎麦」ではなく、「信濃の蕎麦」が食べたい。昨晩も朝食も昼飯も蕎麦を食べたけれど、もう一度食べたい。
そうこうしているうちに、長野駅に着いてしまう。 時間も18時近くになっていたので、観念して駅にある蕎麦屋で済ませることにした。
適当な蕎麦屋に入り、ビールと天蕎麦を注文する。 先にビールが到着し、ぐいっと一飲みする。 ああ、うまい。 五臓六腑に染みわたる。 蕎麦を待ちながら、ビールを飲み飲み、古本屋で買った本を読む。 読んだはなしは「道灌」だった。
「てめぇは歌道が暗いな?」
「角が暗いから、提灯借りにきたんだよ」
このオチ、けっこう好きなんだよね。
本を読んでいると、天蕎麦が席に届いた。せっかく長野に来たのだから、長野の蕎麦を長野らしく食べようと思い、一揆に(一気に)たいらげた。
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