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行方市の塩田さん Vol.4 泣きっ面に蜂

ヒト取材記
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夏の有機農家の草取りは、蜂との戦いでもある(2023/8/19)

毎年恒例になりつつある「行方市の塩田さんの畑の草取り」に今年も行ってきた。

「塩田さん」こと塩田善一さんは、東京生まれの葉物農家。現在、茨城県行方市に畑を借りて農業で生計を立てている。

この日、14時半を過ぎた頃に塩田さんの畑に到着した。事務所兼冷蔵庫兼物置場兼休憩所の扉を開けると、暗がりの中でリクライニングの椅子に髭面のおじさんが寝そべっていた。

「ご無沙汰してます~」と声をかけると、

「ああ、これは、どうもどうも」と慌てて起きる塩田さん。

「暑いっすねー」と私が言うと、

「いやぁ、こう暑くっちゃね。仕事にならんすよ」

そうだろうな、と思う。この日の茨城県行方市の最高気温は34℃。日差しがあったので体感温度はさらに上がるだろう。

「いやいや、本当ですよね。さすがにこの暑い時間は仕事しないでしょう?」と塩田さんに聞く。

「そうね、この時期は朝6時に仕事スタートして、10時くらいには一度終わりにしちゃう。午後は15時とか16時に始めて、日が暮れるまでって感じかね」

現代の夏場の昼間に、屋外で働く人は本当に大変だと思う。いくら環境省が熱中症警戒アラートを発令しても、外に出ないと仕事にならない人は外に出る。熱中症覚悟で、いや、命の危険を覚悟して、日々働いている。

元気がない塩田さん

「どうですか、最近は」

塩田さんに会うのは今年の5月以来だ。まずは近況を聞くことに……したのだが、寝起きのせいか何なのか、塩田さんにいつもの元気がない。

「どうにもこうにも、絵に描いたような自転車操業だよ。厳しいねぇ」

農業界にも、物価高騰の影響は確実に出ている。肥料、資材、エネルギーの値上がりが激しい上に、人件費も上昇。元々実入りが良くはなかったのに、経費が上がっているので経営はますます厳しくなっているという。

「何とか頑張ってはいるけれどねぇ。はぁ……」

この日の塩田さんはため息やマイナスな発言が多かった。私の仕事も状況は悪いが、組織の仕組みに守られているからまだよい。農家のような個人事業主は、経済の良し悪しの影響がダイレクトに来るのだろう、精神的に憔悴しているのが見て取れた(恰幅は良い)。

荒天により倒壊しかけのハウス……。

正直、何て声をかけて良いものやらわからない。私にできることは何だろう、と考えるが、良い案は思い浮かばない。

塩田さんの畑のそばにある大きな木。

悶々としていると、小用をもよおしたので外に出る。行方の畑に、気持ちの良い風が吹いていた。背の高い建物が近隣にないから、空が広い。夏の空と畑の近所にある大きな木を眺めながら、秋の香りがする風を身体に浴びながら、小用を済ませるのは実に気持ちが良かった。外は暑くはあったが、先ほどと比べると日差しも少し弱まり、だいぶ過ごしやすく感じた。

これならば、草取りもしやすかろう……そうだ、今日は草取りに来たのだった。私にできることを思い出した。

「じゃあ、とりあえず草でも抜きますか」と切り出すと、「そうしますか」と塩田さんも重そうな腰を上げた。

今年も28棟あるハウスの隙間に生えた草を、ひたすら抜く作業に移る。例年よりも草が少なく見えた。

「まぁ、それなりにね。進めてはいますよ、一人で」

この広さの草を一人で抜くのは、想像するだけで気が滅入る。せっかく来たのだから、セイタカアワダチソウが勢いよく生えているハウス間を狙って草取りをすることにした。

その日の私は背中を痛めており、中腰の体勢をとるのがきつかったので、赤子のようにハイハイの姿勢で草を抜く。塩田の兄貴は勢いよくバッサバッサと草を抜いていく。お互いのペースで草を抜きながら、おしゃべりをする。

おしゃべりしながら草取り

すると、塩田さんが変なことを言い出した。

「自分の中でね、たまり場論というのがあってね」

「なんすか、それ」

「ほら、学生時代とかに、友達が集まる家ってあるじゃん。あれってね、物理的な意味で集まる場合もあるけれど……例えば新しいゲーム機やソフトがあったりね、そうじゃなくて、人間性で決まってくるもんだという持論」

要するに、人を集められる人、もてなすことができる人、楽しませることができる人と、そうでない人がいる、ということらしい。

塩田さんは……後者のようだ。

「自分の場合はさ、たまり場になったことがないのよ。専ら遊びに行く方で。それで遊びに行って、好きなだけ遊んできちゃうから、遊びに来られた方が嫌になっちゃって『もう来なくていい』みたいな」

元々WEBメディアの取材の仕事などをしていた塩田さん。農家として独立して約10年になる。取材をするのも野菜を作るのも「クリエイティブな仕事」だけれど、「人と接する頻度」がだいぶ違う。取材は読者や取材対象と向き合い、自らが書く記事と向き合うが、農家が向き合うのは主に野菜や土、天気といった自然が対象になる。

販路拡大等が自由に自分でできる農家と違い、塩田さんには固定の販路がある。新規就農者ネットワークの集まり等で人と会う機会はあるが、日常的に人と接する頻度は前職と比べても他の農家と比べても、だいぶ低いのだろう。

現状打破の糸口が「人を集めて何か楽しいことをやる」にあるかもしれないのだが、理想と現実(自分が思う)のギャップが、ジレンマが、塩田さんを悩ませているのでは……などと、塩田さんの言葉から考察してみた。

個人的には、塩田さんにも人を楽しませる能力があると思っている。ただそれは、城里町の高萩さんやはればれファームのニッシーさんのような「人を集めて何か楽しいことをやる」とはちょっと違う、クリエイティブな切り口で。

草取り1列完了!この日の草取りの成果がこれだけになるとは思わなかった。

そんなこんなで塩田さんと話をしながら草取りをしていると、あっという間に1列分を取り終えた。

「おお、話しながらの草取りは早く感じますな。じゃあ、この勢いで次の列に……」

と息巻く塩田さんだが、ちょっと待っておくんなまし、こちとら腰と背中に爆弾を抱えていまして。

「いや、休憩しましょ、休憩」

と言って、悩める塩田さんのやる気をそいだ。

事務所兼冷蔵庫兼物置場兼休憩所に戻り、一服する。休憩中はドラマの話やら漫画の話で盛り上がる。農家でもドラマ見るんだな、と思った(偏見)。

そんな感じでいろいろと話しているうちに、塩田さんの元気も出てきたので、休憩を終えて草取り再開。

どうせならば一番草が生い茂った場所をやりましょ、ということで草取り後半戦開始!した途端の出来事だった。

草取り後半戦開始!その直後に事件は起きた。

アシナガバチが3、4匹、私たちの周りを飛び回っていた。1匹ならまだしも、ちょっと数が多いと思い一度引き下がる。

少し間を置いて、ハチの姿も見えなくなったし大丈夫だろうと同じ場所に戻り、塩田さんが大きなセイタカアワダチソウを抜いた瞬間に、ぶわっと何匹ものアシナガバチが湧いて出た。

うわっ!と二人同時に怯んだと同時に、痛っ!と塩田さんの声がした。これはやばいと一目散にその場を離れる。

アシナガバチはそこまで追ってこなかったので私は無事に逃げ切れたが、塩田さんがハチに刺された。

「いてて、生まれて初めてアシナガバチに刺されたわ」

塩田さんの腕を見ると、赤い点があって、そこを中心に少し腫れて膨らんでいた。

「アシナガバチですね、やられましたね。すぐに水で傷口を洗いましょう」

以前に私もアシナガバチに刺されたことがある。レンコン農家に住み込みで働いていた時、干した衣類にアシナガバチが入り込んでいて、服を着た瞬間にグサッとやられた。刺された時はたまらなく痛く、痛みが治まると今度は強烈な痒みがやってきた。

当時の苦い経験を糧に、塩田さんに治療法を教えて……あげられるほどの記憶力は私にはないので、ネットで調べて対応した。

  • 水で刺された場所を洗い、冷やす。
  • アシナガバチは毒を持っているので、傷口を洗う時は毒を絞り出すようにして洗う。
  • 傷口にハチの針が刺さっていれば抜く。
  • 洗い終わったら抗ヒスタミン軟膏、ステロイド軟膏を塗る。
  • アナフィラキシーショックの症状、体調に変化がないか確認。問題あれば救急車を!

「いやー、まったく災難だわー」と顔をゆがめる塩田さん。

そういえば、去年私が来た時は塩田さんのスマホが壊れた日で、一緒に修理に行ったっけ。そして、今年はハチに刺され……え、なに? もしかして私が疫病神?

「いやいや、Kちゃん(私のこと)が刺されなくてよかったよ。しかしどうしてこう、うまくいかないものかねー」

おしゃべりをして元気を取り戻したかに見えた塩田さんだが、ハチに刺されてまた凹んでしまった。そりゃそうだ、苦しい経営状況な上に、ハチに刺されるなんて……今度こそ、かける言葉が見つからない。

いや、待てよ、この状況ってまさに!

「塩田さん、こんな状況で非常に言いにくいのですが、これって……『泣きっ面に蜂』」

「まさにそうだね」と苦笑いを浮かべていた。

 

後日……。

塩田さんにその後のことを聞いてみると。

「ハチに刺された現場を確認してみたら、足元に潰れたハチの巣があってさ。俺が草と一緒に引っこ抜いた後に、更に思いっきり踏みつけていたようで…そりゃ刺されますわね」

青天の霹靂……ついでに、肉を切らせて骨を断つ。転んでもただでは起きない、農家の底力を思い知った。

 

▼塩田さんが出演する「いばらきニューファーマーらじお」第1話