行方市の塩田さん Vol.3 有機農家の夏と草

有機農家の夏は、草取りに追われる運命にあるのか(2022/8/17)

夏が来ると思い出す。容赦なく降り注ぐ太陽の光を浴び、額から落ちる汗をぬぐい、土埃にまみれ、一心不乱に草を抜いたあの夏の日を。

抜いても抜いても取りきれない、私の身の丈以上に伸びた草たち。その中には、全身に力を込めて抜こうとしてもなかなか抜けない頑固な根を張った草もいれば、抜こうとすると花粉が飛び散りクシャミを誘発する草もいた。夕暮れ時まで草を抜き、それでも全体のほんの少ししか抜き終わっていないという、果ての見えない作業である。

土にまみれ、花粉にまみれ、泥のように疲れて帰宅した、思い出したくもないあの日の出来事を思い出すと同時に、そこにいた一人の農家の顔も思い出す。できれば二度とやりたくない作業(苦行)であったはずが、月日が経つと記憶は美化されるのか、「なんだかんだで楽しかったな」なんて夏の良い思いでに変わっていて、今年も「遊び」に行ってみようと思った。

「今年も行きますよ」

行方市の塩田さんにLINEを送る。

「草生やして待ってるよ」

塩田さんから返事がきた。

ウケる。今年も私に草を抜いてもらうつもりだ。

「w」

私は草を生やして、返事をしてやった(ネット用語)。

塩田さんに会いに行く日になって、「今から行きます」とLINEを送ったが返事が来ないし既読にもならない。電話をしても、電源が入っていないと電話が言う。仕方がないから、約束の時間に塩田さんの畑に行く。

畑に到着して間もなく、塩田さんがやってきた。何やら浮かない表情を浮かべている。

「塩田アニキ!お久しぶりですね」

「あー、どもども」

テンションが明らかに低い塩田氏である。

「どうしたんですか?」

訳を聞いて欲しそうだったので、聞いてあげることにした。塩田さんは私の農業時代の大先輩であるし、2つほど歳も上なので人生の大先輩でもあるから、後輩として先輩の困りごとを聞くのは当然である。

「いろいろあってさ。実はさ。スマホが壊れちゃったんだよ。突然電源が入らなくなった」

「マジっすか! そりゃ厄介ですね」

なんだ、その程度か、と内心思うが、「どれどれちょっと貸してみてください」と出来る限りのことをしてみることにした。だが、あれこれと対処をしてみるが、どうにもうまくいかない。

すると塩田さん、「○○ショップに行ったんだけどさ、やってないのよ。お盆で。しかも明日も休みでさ。2連休ってどういうこと?」と憤慨している。店員さんも連休取りたいだろうから、まぁ仕方ないのでは、と思うがそこは言わない。

「隣町に○○ショップあるからさ、そこに行ってみようと思うんだけど、今日やってるかな?」

その店が本日開いているかどうか調べてよ、という少し遠回しなリクエストに応じ、電話してみるとやっているとの返事が来たので、後程行ってみることにした。

さておき、草である。「草を生やして待っている」と宣言されていたので、覚悟はしてきた。帽子に長靴、ジャージのズボンに長袖のTシャツ。農作業やります、といった準備は整えてきた。

一年ぶりに塩田さんの畑を訪れたので、まずはその様子をちょっと見させてもらう。メインの小松菜は現在育っているのがないというので、モロヘイヤのハウスを見る。

行方市の塩田さんのモロヘイヤハウス

ハウスの扉を開けると、ぼわっと視界いっぱいに緑が広がる。モロヘイヤの高さは1mくらいあるのではないか。けっこう、いやかなり順調に育っているように見える。

「まぁ、こんなもんです」と塩田さんはそっけないが、このようにちゃんと育った野菜を見ると、塩田さんはやっぱり農家なんだと実感する。というのも、塩田さんとの会話は農業以外の話題が多いから。ラジオの話題や共通の知人の話題、他に「こんなことをやって農業を盛り上げたい!」みたいな企画の話題など。広告代理店の友人と話しているような錯覚に陥るが、その裏ではこうしてちゃんと農業をやっていて、ちゃんと野菜が育っているのだ(いや、実際は農業が表か)。

立派に育ったモロヘイヤの姿を見て「塩田さん、やっぱりすげぇや!」と尊敬の念を抱いたのも束の間、ハウスとハウスの間には、こちらもモロヘイヤに負けじと草が育っていた。一目でわかるセイタカアワダチソウ。それとネコジャラシ(狗尾草=えのころぐさ)もけっこう多い。

(去年もやったなぁ)

「あの夏の日」が思い出される。

「これでも一度は草取ったんだけどね」と塩田さん。

それでも草はこのように生い茂ってしまう。

ハウス間に生えた草

草を抜く塩田さん

塩田さんの野菜は有機栽培で作っているから、除草剤は使えない。除草剤を使えば、草は消えるが「有機野菜」のネームバリューも同時に消えてしまう。防草シートも施してはいるが、年季が入っているせいか最早役に立っていない状態だ。

パートさんを雇っているが、主な仕事は収穫作業で休みも取らせないといけないし。で、そうこうしていると草が育ってしまう。

ハウスの外に生えているのだが、それでも草は作物の生育に影響を及ぼす。風通しを悪くしたり、換気をする際に草を巻きこんでしまったり。何より悪影響なのが、害虫の発生である。ハウス外に草が生い茂ることにより虫が発生し、それがハウス内に入り込んでしまうこともある。

このような状況を目の当たりにすると、有機農家は大変なんだな、と改めて思う。

「じゃあ、やりますか!」と私。草と格闘する覚悟が決まった。どうせならば、一番生い茂っているところをやりましょう、と状態が悪いところを選ぶ。

草取りを始めるや否や、せっせと草を抜く。ネコジャラシは簡単に抜ける。セイタカアワダチソウも大概は簡単に引っこ抜ける。ちょっと粘り強いヤツでも、腰を入れて一気に力を込めて引けば、どうにかなる。
厄介なのがツルを伸ばす草だった。こいつが何本ものツルを伸ばし、絡まり、葉を出している。しかもこのツルが堅い。鎌を用いないと切ることができない。そんなツルが、防草シートの脇に何本もの束になって伸びている。

「PCの配線みたいだな」と塩田さんがうまいこと表現していた。

また、草を抜いているといろんな生き物にも出会った。カマキリ、コオロギ、ヤスデ、ミミズ……。コオロギの姿を見て、もう夏も終わりか、と少ししみじみとする。

序盤は世間話をしながら草を抜いていたが、段々とその余裕がなくなってくる。たまに会話があっても、話題は草についてである。

草取りを始めて早々に、身体のあちこちが痛くなる。一番痛いのが、腰と腹だ。中腰になったりしゃがんだりすると、痛たたた! となる。

やっとのことで一つのハウス間の草を取り終えて、今度は違う草の群れに立ち向かう。その頃、今まで曇っていた空が鮮やかに晴れ渡り、夏の太陽の日差しがさんさんと私たちを照らしつけた。

暑い。本当に暑い。外で作業をしていたら、熱中症待ったなしである。農家はよくこんな暑さの中、外で働いていられるなと思う。

それに身体中が汗で濡れ、そこに土埃がまとわりついて、気持ちが悪い。でも、文句を言っても始まらないし、草を取り終えねばこの苦行も終わらない。それに何より。私は好んでここに来て、好んでこの苦行をしているのだから(もはやマゾ)。

休憩を挟んで更に二つのハウス間の草取りを終え、計4つのハウス間の草を取り終えた頃には、もうへとへとである。

(これは難儀だのぅ)と天を仰ぎ見て呆ける。これだけ大変な思いをして、二人がかりでやっと4つ終わったところ。残りは……、これを一人でやったら……と考えると絶望しか浮かばない。しかしのその絶望は、塩田さんの現実であり、仕事であり、目下の課題であるのだ。

「大変過ぎますね、有機栽培。ラウンドアップ撒いちゃいましょうよ」

冗談半分で塩田さんに言うと、「撒いちゃうか~」と冗談半分で塩田さんは返す。冗談は混じっているが、塩田さんも半分は本気なのでは? と思う。

「じゃあ、あと1つやっつけましょうか」

立つのもやっとの状態で、私は言った。

そうだ、私は草を取るためにここに来たのだ。草を取ることで、一つでも多くの有機野菜が市場に並び、食卓に並ぶことになるのだ……というのは表向きの意思表示で。

本音を言うと、私はこの草取りをすることで、夏が感じられるのだ。草にまみれ、土にまみれ、花粉にまみれ、汗にまみれる。皮膚を外気にさらし続け、暑さを嫌というほど感じる。蝉の声が、間近に響く。土や草の匂いを嗅ぐ。植物の生長速度に驚き、手で触れる。この感覚に、私は夏を感じるようになってしまった。

草取りを終えると、隣町の○○ショップに行った。塩田さんがそこの店員に「うちの近くの○○ショップは2連休でさ」とぼやいていた。

このぼやきにも、夏を感じた。

▼塩田さんが出演する「いばらきニューファーマーらじお」第1話