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城里町の高萩さん Vol.30 農家とお金

ヒト取材記
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三児のパパになった高萩さん、お金のことを考える(2024/4/22)

ヤーコン

畑から掘り起こしたばかりの、土まみれのヤーコンを高萩さんに手渡され、軽く土を払ってからかぶりつく。

「甘い。梨みたい」

サツマイモみたいな形状からは想像し難い、フルーティな味がした。

城里町の高萩和彦さんは、今年から里芋の栽培面積を減らし、ヤーコンの栽培を始めるという。私が食べたのは、その種イモだった。

「里芋は数を減らすことにしました。量が多いと直売所でもあまり売れないですし、寒さにも弱いですし。ヤーコンは寒さにも強いですし管理もラクなんです。自分のペースに合った野菜を作ろうと思って選びました」

この日は、高萩さんの畑でヤーコンの植え付け準備を手伝った。強風に煽られながらマルチを貼り、株間80㎝ほどで穴を空ける。

「本当は土に還る『生分解性マルチ』を使いたいんですけれど……」

と高萩さんが溢す。

通常のポリエチレンのマルチと比べると、生分解性マルチ(ポリエステル)は3倍から4倍もの値段がする。ゴミの処分料が減るからといって、それだけの価格差があるとなかなか手が出せない。

作業を終えると、いつものように高萩さんの家の庭先でお茶(インタビュー)の時間だ。お茶(古内茶)と一緒に、高萩さんは3冊の本を持ってきた。

● 高萩さんとお金の本

高萩さん所有のお金の本

どれも「お金」に関する本だった。

「お金のことを理解していないと、お金にやられてしまうので。うちがお金に困っているということもあるのですが(笑)」

お金か。恥ずかしながら、私の苦手な分野だ。経済とか投資とか株とか……最近だとニーサ?、イデコ?私はとことん縁がない。

けれど、縁がないからといって避けて通っていると円がなくなる。お金ってそういうものらしい。

「厚切りジェイソンって知ってますか?」

知りません……(←テレビを見ない人)。

「そうですか。お笑いでけっこう有名なんですけど」

テレビを見ないから芸能人の名前がまったくわからない。先日、妻と一緒にテレビドラマを見ていたのだが、出演者の名前が誰一人わからなかった。

さておき、どうやら今日はお金の話のようである。

「この人の言っていることは、一言で言うと『節約』。金を稼ごうが稼がまいが、お金はなるべく使うなっていう本なんですよ。固定費を極限まで落としてっていうことですよね。そういうことができていればどういう局面でもちゃんと生活を続けられるっていう本なんです」

あらゆるものと交換できるお金は、現代において絶対的な価値を持つ。お金を稼ぐために、貯めるために、人はあくせくと働いて、得たお金を使って幸福を求める。

世の中にはお金が貯まる人、貯まらない人の2種類の人がいるようで。

「この人はお金を持っているけれど、いい意味でケチなんですよ。そのケチの仕方がけっこうおもしろい。例えば飲み物はお店で絶対に買わない。少なくともコンビニでは買わない。高いから。買うならスーパー。基本的にマイボトルを持ち歩いて、忘れた場合は公園の水を足すというマイ・ルールを決めているんです。めちゃくちゃお金を持ってるのにそういうことをやっているんですよ」

お金を持っている人は無駄なお金を使わない。これはよく聞く話である。

「基本は使わない。けっこう余分なことにお金を使っていることが多いですから。極論に言えば月10万円で生活できるようにする」

本当にそう思う。月々の支払を確認してみると、けっこうな金額になっていることに気付く。保険料、光熱費、食費、ガソリン代、電話代……合わせるとけっこうな金額を支払っている。生きているだけで、これだけのお金がかかってしまうのか、と思うと、やや絶望する。

「月々の自動的な支払で簡単にそれくらいいくじゃないですか。ガス代、電気代も最近高いですし。普通に使っていると1万とか2万の請求が来ますから。車にガソリンをいれたら5,6千円は使います。ほとんどエネルギーにお金を使っていますよね。食費だって油断するとすぐに跳ね上がりますからね」

食費もいわば、人間の「エネルギー」か。
ところで、何でお金の話になったんでしたっけ?

「何ででしったけ?(笑)」と高萩さん。

今度は持ってきた『君のお金は誰のため』というタイトルの本を差し、以下のように述べる。

「この本には基本的にはお金のやり取りは副次的なもので。基本的に世の中は贈与でできているんだって書いてあるんです。お金が本質ではなく、人に何かをしてあげたってことの方がものの本質なんだと」

お金はやっぱり大事だ。でも、お金を目的に生きるのはちょっと違う。けれどやっぱりお金は万能で、お金があればいろいろと解決できてしまうから、お金ばかりを求めてしまう。いわば、お金の奴隷になってしまう。そうならないように、高萩さんは策を練り始めたようだ。

その策を聞く前に。

高萩さんがお金を強く意識するようになったきっかけを聞き出すとする。

>>「きみのお金は誰のため」を購入する

● 高萩さんと双子ちゃん

ヤーコン畑にマルチを張る高萩さん

去年の10月に、高萩さん一家に新しい家族が加わった。しかも、一度に二人。双子である。

お子さんが3人になりましたが、何か変化はありましたか?

「去年は妻の妊娠がわかってから、家庭モードというか子育ての比重がいっきに高くなりました。長男の幼稚園の送り迎えを私がやるようになったので、仕事の時間もだいぶ少なくなってしまって。でも、前よりも家族の良さというか、ありがたみというのを実感するようになった……かな。じわじわと幸せを感じることが多いですね」

そのように話す高萩さんの顔がほころんでいる。数年前までは「ひとり農家」だった高萩さんが、今では立派に3児の父である。

妻もとっても喜んでいるんです。子どもの世話をするのが楽しいみたいで。こんなに子育てが好きなお母さんって最近あまりいないんじゃないかな。今の時代の母親はみんな仕事を抱えていて、仕事と子育ての両立をさせるのに精一杯で。その点、うちの妻は子育てを集中してやっていて、家庭生活を楽しんでいるように見えます。これって、今の時代すごく贅沢なことじゃないかなって」

確かに贅沢だ。

独立行政法人労働政策研究・研修機構のデータによると、1980年代に1100万世帯あった専業主婦世帯は、2023年517万世帯まで減少。共働き世帯は、その逆の動きで1980年に600万世帯だったが、2023年には1,278万世帯まで増加した。この40年で、割合がきれいに逆転している。

「今年は私が子育てから少し離れて仕事をフルにできるようにしたので、それで何とかバランスを取ろうと思っています。家庭生活を大事にした上で、仕事も生活の一部として生活全体を楽しめればいいですね」

「仕事は仕事」と仕事を生活からきっぱりと切り離したライフスタイルもあるが、高萩さんの場合その真逆をいく。そして、高萩さんは食べ物を作る農家である。だからこそ、できる工夫がある。

「春大根を今年初めて作ったのですが、それを妻が食べて『幸せだな』と言っていたんですね。うちで作った野菜でおかずが充分に足りる生活に幸福を感じたようです」

奥さんがそこに幸せを感じてくれる人っていうのは何とも羨ましい限りで。二人の価値観が合っているのだろう。

ここで、話は厚切りジェイソンの本の話に戻る。この本には夫婦で、もしくは家族でお金の価値観が一致していないと、お金を増やしたり節約したりできないと書いてあるという。確かに、一方で節約してお金を貯めていても、一方で浪費していたら意味がない。

「妻はオーガニック食品が好きなのでけっこう買うんですが、割と高いじゃないですか。この本には同じクオリティなら安い方を買えって書いてあるんです。私もそれを一人で心がけていましたが、一方で(割高な)オーガニック食品が欲しいからと購入してしまうとお金がなくなる。そこで、それまで曖昧にしていた家計を妻に伝えるようにしたんですよ。そうしたら、妻のお金に対する意識も高まりましたね。それから食費に関して細かいことまで二人で話し合うようになりました。卵は一週間に1パックまでとか」

ルール作りは、息苦しさはあるけれどすごく大事なことだ。ある状態を保つためには、ルールは必須だと思う。イタリアのフィレンツェでは、町並を保全するために厳しいルールを課している。洗濯物は建物の内側に干したり、壁の色は指定されていたり。違反すると罰金があって。そこまで厳しいルールを敷いている。確かに、それで生活の自由度はなくなるけれど、そこまでしないと歴史的価値のある町並は保たれない。

「そのルールを守ってもらうには、構成員の価値観が一致していないと不平不満が出てうまくいかないんですよね。さっきの話もケチケチ生活で息苦しいんじゃないかって思われるでしょうが、何でもかんでもお金を使わないというのではなく、使うべきところを決めて使うようにするとか。そこをはっきりさせる」

高萩さんの家の場合は、オーガニック食品にどこまでお金を使うのかが課題となったという。オーガニック食品を買うことで自分たちの健康につながり、それを作っている農家を応援することにもなるが。

「うちの場合、野菜は有機野菜を自分のところで作っているので野菜の面はクリアしています。お米もなるべく有機、もしくは国産か地元の米を。豆腐は国産大豆のものを買っています。当然、身体や環境にもっと良いものはたくさんありますが、お値段がするので所得が上がらないと買えないんですよ。それか、自分で作るしかない。農家って所得水準が低いので、その中で生き残っていくためには、足元の蛇口を締めていかないといけない」

そのような経緯があって、高萩さんはお金の本を読むようになったという。お金の知識を得て、きちんと対策していこうという考えだ。

「わかっていないと飲みこまれてしまうじゃないですか。守りを固めるというんですか、わかりやすくいうと。守りをちゃんと固めないと攻めていけないので」

お子さんが新たに生まれて変わった部分ですか?

「そうですね、今までのやり方だと持続可能ではないと感じたので。あまりにも農業の成績が悪ければ離農せざるを得ない状況なんですよ。冗談抜きにして。ただのサラリーマンになっちゃったら生活ががらっと変わっちゃって、せっかくこういう環境にいる意味が半分以下になってしまう。それは避けたいなと思っているので。だからこの一年は背水の陣をしいているつもりなんですよね」

具体的な策はあるですか?

「これをやる、というよりは、これをやらないという作戦ですね。とにかく仕事に専念するための時間を割けるようにする。幼稚園関係は私が送るけれど妻が迎えに行くようにするなど、妻と二人で話し合って決めて実行しています。妻に家庭のことを任せて私は仕事をやるようにしたら、去年と比べて仕事の効率が全然違いますね。2倍くらい仕事ができています。それくらいが農家の当たり前の仕事量なんですけれど、ようやく当たり前に仕事ができるようになってきた感じです」

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● 高萩さんと有機農業

ヤーコンと高萩さん

加えて、現在の仕事の質=野菜の質を高める作戦にも出ている。それは、農業の勉強会への参加だ。

最近、JA水戸に有機農業研究会という組織ができ、高萩さんはそれに参加しているという。有機農業研究会は、有機農業への理解が全国的に進む中で、それを学んで販路を拡大していこうというグループだ。

「去年までは自己流でやっている部分が多くて失敗も多かったのですが、もう一度きちんと農業を学び直すのが大事だと思って。去年は子育てで対外活動に参加できなかった分、今年はそういうことにも時間を使って出ようと思いました」

その研究会では野菜の作り方だけではなく販路拡大の話もある。具体的には、学校給食に有機野菜を提供しようという話があった。

一方で、日本にもすっかり定着した感がある有機農業だが、課題もある。

「農家の中には、有機農業でも有機JASを取得して大きいところと取引しないと所得は上がらないときっぱり言う人がいます。でも、私はできればそうなりたくない。そこは考え方の違いですね」

よく目にする「有機JAS認証」。有機食品の検査認証制度だが、取得するにはお金がかかる。その費用は認証団体によって様々で、圃場数にもよるが15万~20万円が目安と言われている。取得して得られるのは、権威と言葉だ。

権威は言わずもがなだが、言葉とは?

例えば、「オーガニック」「有機」「減農薬」「無農薬」といった言葉があるが、これらの言葉は有機JAS認証を受けていない野菜や食品には「使えない」のだ。

「農家は言葉を奪われているんですよ。曖昧な表現でやってきた人たちがいたから、そういう規制がかかったんですけれど。真面目にやってきた人は割を食った。有機農業をやっているのに、『有機』って表記をするならお金を払えってこと。それってちょっとひどいかなと」

これには完全に同意である。しかも、認証団体は複数あって、それぞれ基準が違うという。

有機JAS認証を取得していなくても有機野菜を作っている人は大勢いる。そういう人たちのために、笠間市の「有機農家が作ったオーガニックの店」のような場所が存在している。他にも、自分たちで基準を作って野菜を売る生協もある。有機JASに囚われない、権威に囚われない野菜の売り方だ。

「素晴らしい取り組みですよね。顔が見えないからそういう第三者認証が必要なんですけれど、顔が見えれば別にそんなのいらないんですよ」

● 高萩さんと直売所

アスパラガスのハウスを少しずつ転作中

では、「有機」と名乗れない分、何で勝負すべきか。そこで、野菜の品目と野菜を売る時期に目を付けた。

高萩さんは、城里町では稀有なレンコン生産者である。茨城県はいわずと知れたレンコンの産地で、日本で生産されているレンコンの半分の量を茨城県で作っている。だが、そのほとんどが土浦市やかすみがうら市といった県の南部で作られていて、それより北の地域では、茨城県外を含めてほぼレンコンは作られていない。

レンコンは全国的に見ても暖かい地域で作られているから、茨城県の南部がレンコンの産地北限と思われていたが、高萩さんは県の中央に位置する城里町でそれをやってのけた。今年で高萩さんのレンコン栽培は10年になる。

だが、昨年は不作だったようで。

「去年は8月くらいに水不足で溜め池や田んぼの水が枯れてしまって全然収穫できなかったんです。一度もレンコンを掘ってないんですよ」

また、マコモダケという植物も生産している。マコモダケの販売は好調で、直売所に出荷した分は完売しているという。生産する上での課題はあるが、それも解決に向けて手を打っている。

「栽培しているうちに株が広がって行って密植状態になってしまったので、収量が落ちてしまったんです。そのため田んぼをキレイに耕してもう一度作ろうと思っています」

今まではアスパラガスを中心に労力を注いでいたが、それも今は分散されつつある。アスパラガスのハウスを他の品目に転作するなどして、新たな商品力を生み出している。

「季節にあった自分の強みを出せる野菜を丁寧に作っていこうと思っています。新しい品目はヤーコン、春大根、あと今年は春人参も作っています」

いたずらにたくさんの野菜を作るのではなく、一つ一つ丁寧に作る。それで、他の農家との差別化を図る作戦だ。

また、春大根や春人参といったように、野菜を作る時期・売る時期も重要になる。

「端境期にいかに野菜を出すか、が重要なんです」

大根や人参が数多く流通している時期に同じ品目を出荷しても、当然埋もれてしまう。だから、それらの出荷が途切れる時期を狙って出荷する。そうすることで、注目度は上がり、販売数も多くなる。

「冬にハウスの中にトンネルをかけたりして保温して栽培する。すごい手間はかかるんですけど、それを今年はがんばってやって、だから今の時期に大根やニンジンが収穫できるんです。地元の直売所にも今は大根が全然置いてないですから。出荷すれば売れるんです」

余計なお金は使わずに、仕事に専念できる環境を整え、野菜づくりを学び、販路拡大に励む。そして、栽培品目と栽培方法を工夫して、端境期に野菜を売れるようにする。

そのような工夫や苦労をして、高萩さんは野菜を作って、お金を稼ぐ。

でも、それはもちろんお金のためではなくて、家族のため、生活のためだ。

3児のパパになった高萩さんに、盛大な賛辞を送りたい。

今回ご紹介した本

高萩さん所有のお金の本

出版社 ‏ : ‎ ぴあ; New版
著者  : 厚切りジェイソン
発売日 ‏ : ‎ 2021/11/12
単行本 ‏ : ‎ 192ページ

出版社 ‏ : ‎ フォレスト出版 (2023/5/22)
著者 : 森永卓郎
発売日 ‏ : ‎ 2023/5/22
単行本(ソフトカバー) ‏ : ‎ 192ページ

出版社 ‏ : ‎ 東洋経済新報社 
著者 :田内 学
発売日 ‏ : ‎ 2023/10/18
単行本 ‏ : ‎ 250ページ