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野良本 Vol.51 有頂天家族 / 森見登美彦

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森見ワールド全開の「有頂天家族」

「森見さん、好きなんですね」

昔、私が本屋で働いていた頃のことである。私が勤めていた本屋に文学乙女がバイトしていた。その乙女と好きな小説家について話をしていて、私が森見登美彦の名前を挙げたところ、その子は森見登美彦を「森見さん」と親しげに呼んだ。文学乙女の界隈では、そう呼ぶのが一般的なのか、と思った。その後に他の文学乙女と接したことがないので、真偽はわからんが。

文学乙女は歳は私よりもだいぶ下で、黒髪で眼鏡をかけて本屋のバイトの傍ら、図書館の司書もしているという、筋金入りの文学乙女だった。東京の新刊書店、古本屋、茨城での広告出版会社と、数々の本の世界で働いてきた私でも、これほどまでに文学乙女を体現している女性と接したことはなかった。文学乙女と本の話をするのは、とても楽しくハッピーでワクワクウキウキしたもの……まさしく、有頂天であった。

森見登美彦の小説には、このような女性がよく描かれる。モテない「男子」が抱く、理想の女性を描くのがとにかくうまい。「太陽の塔」「夜は短し歩けよの乙女」のヒロインよろしく、不思議ちゃんテイストが程よくブレンドされていて、処女性があるような乙女ちゃんだ。一方で、モテない男子を描くのもうまい。モテない癖に理屈っぽくて、女性の理想は高くて、インテリなんだけど不器用で社会的な成功は収めていない……インテリクズとでも呼ぼうか。「インテリ」という部分を除いては、若かりし頃の私にぴったりとあてはまる。

そのインテリクズが主に森見さんの小説の主人公であることが多い。デビュー作であり日本ファンタジーノベル大賞受賞作である「太陽の塔」はその代表か。「夜は短し歩けよ乙女」「四畳半神話体系」なんかもそう。他は……読んだのはそれくらいか(四畳半は読んでないや)。随筆集である「美女と竹林」を読むと、そのインテリクズが森見さん自身を表現しているかのように思えてくる。いや、森見さんはクズではないのだろうが、クズ的思考を文章化するのが上手なインテリなんだろう。

そして、何といっても森見さん作品の魅力は、その文章だ。妄想がひどく、冗長な文章。けれど、言葉巧みでリズム感があって、ぐいぐいと読まされてしまう。「森見節」なんて言う人もいるくらい、その文章が独特なのである。読んでいて楽しい。とにかく楽しい。中身があるかないかと問われると、そうでもないかもしれないが、インテリジェンスのない私にとって難しい2字熟語や4字熟語が頻繁に出てくるので勉強にはなる。ただひとつ、たまに「くどいな」と思う時があるけれど(失礼。けれどそのくどさがまた面白いのだろう)。

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「有頂天家族」はその森見さんが「書きたかった作品」であるらしい。狸と天狗と人間が京都を舞台にすっちゃかめっちゃかをやらかすファンタジー作品である。主人公は狸。狸の中でも阿呆な狸である。作中の狸たちは人間に化けたり電車に化けたり虎に化けたりと、実に狸のファンタジー作品らしいことができてしまう狸だ。人語も喋れば、天狗(元人間)に恋心を抱くこともあるし、家族愛だってある。狸界の組織があり、その長もいる。主人公の狸の家族と敵対する狸の家族、そこに天狗と人間が絡み合って、物語は森見作品らしく、面白おかしく進行していく。

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近代の狸作品を代表するスタジオジブリの作品「平成狸合戦ぽんぽこ」のように、自然破壊に対するメッセージを込めるなどは特にないかと思う。家族愛の重要性を描いた? うーん、そこまでな感じはしない。復讐?継承?などの問題もあるにはあるが、そこに「ぽんぽこ」のようなメッセージ性はないように思う。

森見さんの描きたかったのは、単純に阿呆な狸の家族の物語ではなかろうか。のんきに阿呆に生きる狸、面白おかしい狸、それらのキャラクターを軸にした物語を、ただ単に描きたかったのではなかろうか。なんて勝手に思って読んだので、感想としてはただ単に「面白かった。森見さんの文章やっぱり面白い」である。

そう、私としては森見作品は森見さんの文章があってこそ、と思っていたのだが。世の中はそうと捉えていなかったようで、有頂天家族はアニメ化された。演劇にもなっているという。森見さんの文章なくしても、楽しめる作品ということか。まぁ確かに、読んでいてどこか漫画チックだな、アニメチックだなと思うところがあるにはあったが。ファンタジー作品だからだろう、なんて納得しようとしていたが、漫画化、アニメ化なんて結果を生んだ世の支持を見るとそうでもないらしい。

話を最初に戻すと、私と文学乙女の関係は、森見さんの小説のようなハッピーエンドは待っていなかった。けれども、乙女との会話の一言一句は、私を有頂天な気分にさせた。それだけでも、おじさんにとっては十分だ。狸に化かされたようなひとときであったとしても、その時がハッピーならそれでいい。「面白きことは良きことなり!」だ。

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