引っ越しを検討しながら、蕎麦を食べる(2025/7/27)
実は最近引っ越しを考えておりまして。
日本の3割程が高齢の親と同居しているらしいのだが、現状うちもその3割のうちに含まれる。今は、嫁ちゃん、子二人、母親(高齢)、そして私という家族構成で、我が両親が建てた立派な?家に住まわせてもらっている。母がいることでいろんな面で助かっているのは事実なんだが、いろいろな事情がありまして、引っ越しを検討している訳で。
母が高齢なのがネックではあるが、まだまだ元気だし引っ越し検討先は同じ水戸市内なので、私は2拠点生活をすればいいか、という考えなのだが、いかんせん私の稼ぎが悪いし年齢もいい歳なので、値段が高騰している新築には手が出ない。ならば中古住宅を、ということで嫁ちゃんと物件探しをしてきた帰り道、時刻はちょうど昼の12時で飯でも食って帰ろうか、という話になる。
「何食べたい?」と嫁に聞くと「それを私に聞くかね」との返事。食いもんに滅多に興味を抱かない嫁なので、食べたいものはない、というのが常であるから、こういう時は大体私の提案が通る。
蕎麦に詳しくはないが、蕎麦好きな私の案はほぼほぼ決まって「蕎麦食べよっか」となるので、水戸市内はもとより茨城県内のいろいろな蕎麦屋を二人で食べ歩いてきた。
この日も例にもれずにそのパターンになった。いや、この日は余計に、と言ってよい。引っ越しのことを考えていたら、「引っ越し蕎麦」が連想されて、いつもよりも余計に蕎麦が食べたくなったのだ。
「では作戦会議をしよう」と近くのコンビニに車を停めて、グーグルマップで付近の蕎麦屋を検索する。すると、ポツポツポツと蕎麦屋がある場所が表示されるので、★の評価数やら店の写真の雰囲気でもって店選びをする。
そういえば、何故に日本には「引っ越し蕎麦」という文化があるのだろう。不思議に思って調べてみると、江戸時代から続く文化であり、その頃は引っ越し先の近所に「蕎麦を配る」というものだったらしい。それがいつの間にか「配る」から「食べる」に変わり、今に至るという。
そんなこんなで蕎麦屋を探しながら、中古住宅への引っ越しの件を嫁と話す。いい物件はあったのだけれど、私の稼ぎではちぃとばかり厳しい金額だった。
「300万くらい安くしてくれれば余裕なんだけれどな」と私は無理な希望を言う。不動産屋も値引きはしてくれたが、100万円だけだった。金だ、世の中やっぱり金なんだ。金さえあれば、こんな悩みは簡単に解決できるのだ。
「若い時、もっとちゃんと勉強しとくんだったよ。そうすれば今よりも給料の良い仕事に就けただろうに」とうなだれる私。「私も」とうなだれる嫁。
うなだれた夫婦が選んだ蕎麦屋は、水戸市住吉町の「うち田」だった。ここはお気に入りの蕎麦屋(と言いつつ最近ほとんど食べに行ってない)「蕎麦一」のすぐ近くにあって、何度も店の前を通り過ぎたことがあり、気になっていた蕎麦屋であった。
この「うち田」、まず驚くのがその店構え。
古民家風の蕎麦屋はよく見聞するが、うち田の店は古くもない民家、一般住宅そのものである。店のある場所は住宅街で、本当に普通の住宅を蕎麦屋にしちゃいました、という感じ。入口は玄関そのもので、のれんと看板がなければまず蕎麦屋とわからない。靴を脱いで店(というか家というか)に上がり、引き戸を開けるとテーブルがいくつかあって、その上にはメニューが並んでいて壁にもメニューがいくつか貼られていて、といった具合で蕎麦屋らしい体裁が整えられている。
これはいわば、家系蕎麦屋である。
料金の方は天ざるが2,000円ということでリーズナブルとは言えないが、蕎麦屋の価値を天ぷらの出来に求める私としては、初見の店では天ぷら蕎麦を食べるのが鉄則……という割にはよく違うものも食べるが、この日は鉄則に従い天ざるを食す(嫁ちゃんはとろろ蕎麦)。
まず、付け合わせの蒟蒻の刺身が出てきて、そのあとに天ぷらが竹の器に載ってやってくる。この天ぷらのボリュームと種類がやばい。エビ、茄子、かぼちゃ、ししとう、人参、トマト、マイタケ?、あとわからない何か(笑)の天ぷらか、ずらりと竹の器に並ぶ。
茄子の天ぷらを箸で摘まみ上げると、家にたんまりとある頂き物の茄子を思い出した。その日の晩御飯のおかずは、その大量にある茄子を消化するために茄子料理と既に決まっていた。
日曜の晩御飯当番は嫁であるから、「茄子で何作るの?」と聞いてみる。
「まだ決めてない」
「麻婆茄子でいいじゃん」
「それはこの間食べたばかりでしょ」
「じゃあ、ボケ茄子?」
「それはあなたでしょ」
確かに。私はぼんやりしているからな。
蕎麦は普通盛でもボリュームがあって、口に含むと香りがふんわりとして味もしっかりしている。汁はやや濃いめなので、ちょこんとつけるくらいにしておいた。そのほか副菜の3種盛やら漬物もあって、なるほど2,000円分の満足感と満腹感は得られた。
食べている途中、2階からドタドタドタ!と騒がしい音が。きゃっきゃと子どもの声もする。どうやら店主の子どもらが騒いでいるらしい。蕎麦屋らしく和風に飾られた店内の片隅には、2階へと続くであろう扉が見えた。
「2階に子どもがいるね」
楽しそうに騒ぐ子どもの声に、顔がほころぶ。窓からは小さな庭と周囲の住宅が見える。蕎麦屋を始める前は、ここも普通の「家」だったのだろう。
それからまた、私たちの話題は引っ越しの話になった。さすが、家系蕎麦屋である。家の話をするにはもってこいの蕎麦屋であった。
引っ越し蕎麦には、「おそばに越してきました」という言葉遊びと、蕎麦の麺のように「細く長くお付き合いください」という意味が込められているという。しかし、「細く」というのはどんな付き合い方なんだろう。なんだか「顔を合わせれば挨拶くらいはする関係」のような、浅い人間関係のように思えてしまう。まぁ、現代の近所付き合いなんてそんなものかもしれないが。それでも何か味気ない気がする。
私たちが引っ越したら、この日のように茄子の天ぷらと蕎麦を食べることにしよう。茄子のように太く、蕎麦のように長い付き合いができますように。

