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【第1話】ひとり農家とホタルのおはなし

インタビュー
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ひとり農家の高萩さんが、生まれて初めてホタルを見た場所は自分の畑だった

 

おはなしをしてくれた農家さん

高萩 和彦 さん (1980生まれ)
就農地 茨城県東茨城郡城里町
農作物 アスパラガス、しょうが、蓮根、サツマイモ、レタス、他。
農地面積 70アール

 

ひとり農家の高萩さん

私と高萩さんは、共通の知人の紹介で知り合った。
「一人で農業をしている面白い奴がいるんだよ」
知人は高萩さんをそのように称した。
なるほど、実際に会ってみると高萩さんは「面白い奴」であった。

高萩さんは東北の某大学を卒業後、大手企業に就職した。
順風満帆に見えた人生であったが、会社人生に思うところがあって退社。
その後、一軒家を借りて農業を始めた。

炭素循環農法という有機・無農薬・無施肥栽培に取り組む傍ら、
農業のイベントにも頻繁に参加。
「いばらき新規就農者ネットワーク」という組織を仲間と立ち上げ、そのサブリーダーも勤めている。
ネットワーク内で写真展を企画して、茨城県庁で開催したこともある。
県庁でそのような団体の催し物が開催されたのは、それが初めてであった。

様々なことに興味を持ち、実行に移してきた彼の人生そのものが面白い。
高萩さんという人物の虜になった私は、ひょっこりと家まで遊びに行くようになる。

 

しぶといアスパラガスと、しぶとい高萩さん

高萩さんの家の前にはビニールハウスが数棟建てられており、ハウスの中にはアスパラガスが育てられている。
彼がメインで栽培しているのが、このアスパラガスである。

「アスパラガスは、根が地中深くまで伸びていてなかなか死なない。しぶとい野菜なんです」

そんなアスパラガスの性質と高萩さんの性格は、相性がいいと言う。
確かに、そうかもしれないと思う。
一人で農業をするなんて、しぶとくないとやってられない。

ハウスの周囲にある畑には、玉ねぎやらサツマイモやら生姜やらレタスやらの様々な野菜が作られている。
サツマイモは、先に述べた炭素循環農法で作られている。
有機栽培や無農薬栽培はよく聞く農法であるが、無施肥栽培とは、如何に。

何やらこの栽培方法は、土の中に生息する微生物の力を借りて、野菜を栽培するらしい。
自然の力を借りて、野菜を作る。
この農法もまた、自然が好きな高萩さんには相性がいいかもしれない。

 

ひとり農家を楽しむ

とある日に家に遊びに行くと、高萩さんは畑で一人農作業をしていた。
クワで畑の土をせっせと掘り返している。
彼にとっては日常の出来事なのであろうが、私の目にはその光景がとても新鮮に映った。
一人で農業をやる人が最近増えてはいるらしいが、実際に目にしたことはなかったからだ。

たった一人で毎日畑と向き合って仕事をするというのは、どのような感じなのか。

寂しくはないだろうか。

独り言が多くならないだろうか。

それとも、鼻歌を歌いながら気楽にやれるものなのだろうか。

そもそも、そんなことを考える余裕もないくらいに忙しいのだろうか。

私が畑に行くと、「あ~、どうもどうも」と高萩さんははにかんだ。
何となく、高萩さんといると居心地がいい。
懐が深いというか何というか、一緒にいて疲れない存在である。
私は高萩さんの家に行くと、あれこれと話を聞かせてもらう。
彼という人物に、人生に興味が尽きないから、質問も何かと多くなる。

農業の話はもちろん、日々の暮らしの話、食べ物の話、旅の話、環境問題の話、以前に勤めていた会社での話。
博識で経験豊な彼の話は、とても面白い。

農作業をしながら見る夕日がとてもキレイなんですよ。

春になると梅の木が花を咲かせるんですよ。

秋には銀杏の葉が黄色く色づくんですよ。

そのように話す高萩さんの顔は、いつも生き生きとしている。

「一人で農業をするって、どんな感じなんですか?」

ある日、高萩さんにこのような質問をしたことがある。
んー、と高萩さんは少し考え、「自由ですよね」と言った。

一人で農業をすることに対し、これっぽちも苦しい素振りを見せたことがない。
台風や積雪でハウスが倒壊した時も、そうであった。
「いや~大変でしたよ」と言う割に、少しも大変そうな様子ではない。
大変な出来事が自分の身に降りかかっているというのに、何てことない様子なのである。

むしろ、その生活に楽しみを見出し、自由を謳歌しているようにさえ見える。
高萩さんの話を聞くと、自分もいつかこんな暮らしをしてみたいなぁ、と毎度のように思ってしまう。
その中で、特別お気に入りの「おはなし」がある。
それは、ホタルの話だ。

 

ホタルの畑

初夏のとある日、高萩さんは夕暮れまで畑で農作業をしていた。
熱中してしまうと、時が経つのを忘れてしまうタチらしい。
いつの間にか日は暮れかかり、辺りは薄暗くなっていた。
作業に熱中した後に見る夕日は、格別に綺麗に見えるという。

そろそろ作業を終わりにして、片付けをしようと思っていた時に、県の職員が訪ねてきた。

「アスパラガスの調子はどうだい?」

職員は、高萩さんの様子を見に来てくれたようだ。

普段、一人で作業をしているから、誰かが訪ねてきてくれるのは嬉しい。
相手が例え仕事で来ていたとしても、その気持ちは変わらない。
だから、自然と話も長くなってしまう。

しばらく外で立ち話をしていると、いよいよ周囲が暗くなってくる。
高萩さんの住む城里町は、そこまで田舎ではないにしろ、お世辞にも都会とはとてもとても言えない町である。

その上、畑の近くには、街灯もほとんどない。
日が沈むとともに訪れるのは、本当の闇である。
田舎の夜の景色は、恐ろしく暗くもあるが、神秘的でもある。
月の光にのみ照らされて、見慣れた筈の景色はいつもと違う姿を見せてくれる。

その闇の美しさに、吸い込まれてしまいそうになる。
自然がもたらす暗闇は、単なる恐怖をもたらすだけではないようだ。

話をしていると、高萩さんは職員の背後に何かが光るのを見た。
最初は遠くの鉄塔の光かと思った。
それにしては、ゆらゆらと光は揺れている。
それに、鉄塔の光ならば赤っぽい色であるはずが、その光は黄緑色のような蛍光色をしている。

暗闇にぼんやりと光る小さな光。

もしかして、人魂だろうか。

思わず、おぞましいことを考えてしまう。
だが、そう思わずにはいられない状況だ。
光はみるみるうちに増えていく。
ひとつだけであったものが、ふたつに、やがて三つに。
ますますこれはおぞましい。

人魂なぞ、これまで生きてきて見たことがない。
おぞましくはあるが、ある意味感動的なことかもしれない。
いや、これはもしかして、もしかする。
ひょっとしたら、その人魂は職員から発生しているのかもしれない。
そうだとすると、この職員はもはやこの世の者ではないことになる。
いやはや、それもおぞましい。

そんなことを考えている間にも、人魂の数は増えていき、やがて10ほどの数になる。
いや、待てよ。
高萩さんは我に帰る。
これは、人魂ではないかもしれない。
ひょっとしたら、と思い、人魂に手を差し伸べる。
すると、人魂はゆらゆらと高萩さんの手に止まる。
どうやら人懐こい人魂のようだ。

微かではあるが、何かが止まった感触がある。
暗闇の中で目を凝らして人魂を観察する。
すると、その物体が昆虫であることがわかる。
人魂の正体は、なんと虫であった。
発光する昆虫といえば、ホタルである。
その時、高萩さんは生まれて初めてホタルを見た。

 

自然を肌で感じる生活

それからというものの、ホタルは毎年夏になると高萩さんの目を楽しませるようになる。
ホタルの数は年々増え続け、去年の夏には20匹ほど目にしたらしい。

「ホタルが住んでいるということは、そこに住む人の心が優しい証拠です」
高萩さんはそうおっしゃった。
ホタルは人を怖がらない。
だから、人が珍しがって捕まえて、煮るなり焼くなりするのは至極簡単なことなのである。

2014年の夏から耕作放棄地であった田んぼを借りて、高萩さんは蓮根の栽培も始めた。
蓮田には、たくさんの生物が住んでいる。
農薬を使わずに、水も一年中張りっぱなしの状態だから、普通の水田よりも生き物は住みやすいようだ。

「夏に蓮田を見たら、ホタルの幼虫がたくさん泳いでいました。今年はたくさんのホタルが見られるかもしれません」

一人で暮らし、一人で田畑を耕している高萩さんのささやかな楽しみが、またひとつ増えたようである。

 

執筆日:2015/1/18 らくご舎