【福島・登山】晩秋の磐梯山はアイゼン必須の氷の山だった

雪と氷で覆われた登山道を、ノーアイゼンで行く(登山日 2020/11/14)

磐梯山

朝7時頃の磐梯山

標高:1816.29m
別称:会津富士、会津磐梯山
備考:日本百名山
今回の登山ルート:裏磐梯スキー場 → 赤沼 → 弘法清水 → 磐梯山頂 → 火口壁 → 裏磐梯スキー場
歩行時間:約8時間(休憩込み・雪のため)

磐梯山へ登りたい!

スタート地点の裏磐梯スキー場駐車場。雪に覆われた山が見える。

私は、磐梯山に過去に一度登ったことがある……ようだった。
というのも、ほとんど、いや全くといっていいほど、その記憶がないのだ。

でも確かに、登ったことがある。その証拠が、中学時代の卒業アルバムである。アルバムには、「宿泊学習・磐梯青年の家」と題されたページがあり、そこに磐梯山の頂上らしき写真が掲載されていた。その頂上の写真には私の姿はない。でも、宿泊施設内で友人と戯れている私の姿が同じページの写真にある。ということは、間違いなくこの磐梯青年の家への宿泊学習には参加しており、登山した記憶はないが、登山のみ辞退した記憶もないゆえ、やはり、磐梯山には登ったことがあるようだ。

記録はあるが、記憶はない。
何だかこれは、とてももやもやする。
ならばまた登ればいいではないか、記憶に残せばいいではないか、ということになり、福島県を代表する名山・磐梯山に登ってきた。

登山日当日、早朝(深夜?)3時半に起床。
職場のHと同じく職場のMを車に乗せ、星が瞬く夜空を見ながら、福島県へと車を走らせる。夜が明けきらないうちに出発するのは、とてもとても眠くてつらいけれど、とてもとてもドキドキワクワクする。これから大冒険が始まるんだ!と思うと、眠いなんて言ってられない(散々眠い眠いと言っていたけれども)。旅に早起きはつきものである。少々のつらさもまた、旅のつきものであり、醍醐味でもある。

夜が明けて、福島県猪苗代町付近に到着する。今回、磐梯山には裏磐梯スキー場から登るから、北塩原村まで移動する。その道中に、雄大な磐梯山の姿が……!

これは素晴らしい。
登る前からして、磐梯山の迫力にヤラレタ。

裏磐梯スキー場に近づくにつれ、磐梯山に白いものが付いているのが確認できるようになる。あの白いものは……まごうことなき雪である。いや、まさか、でも、季節を考えれば。11月半ばともなれば、山に雪が積もっていてもおかしくはない。むしろ、その可能性を加味して山に登るべきである。

けれども低山ハイカーの私は、アイゼンなどの冬山道具を持ち合わせていない。寒さ対策は万全にしたつもりだけれども、まさか雪があるなんて。

遠くに見える雪山や、登山雑誌に掲載されている雪山を見て、「きれいだな」とは思うけれども「登ってみたい」と思ったことは一度もない。登山小説やエッセイ、映画などを見て、その恐ろしさを知っている私は「雪山に登るなんてとんでもない!」と我が人生から雪山を遠ざけて来た。

しかし、目の前の山には雪がある。
しかも、1816mとなかなかの標高がある山であり、地域は東北であり、季節は晩秋である。
茨城の低山に雪があるのとは、訳が違う。これは、登山中止もやむを得ないな、という考えが脳裏をよぎる。

現地で合流した取引先のNさんに意見を求めると、

Nさん「あれくらいなら大丈夫でしょ。とりあえず、登ってみようか」

という具合であるから、なおさら不安である。

私たちが駐車場についてから少しして、他の登山者らしき人が同じ駐車場に車を停めた。
車のナンバーは福島ナンバーだったから、地元の人であろうか。ちょうどいい、この人に聞こう。

私「あの、磐梯山に登るんですよね?」

ソロ登山者「そうですよ」

私「雪、ありますよね?」

ソロ登山者「ありますね」

私「アイゼンとか、持ってきてないんですけど、登れますかね?」

ソロ登山者「登れますよ。私も普通の登山靴で行きますから」

なんと、このお方は普通の登山靴で雪の磐梯山に登る・登れるというではないか。
そうと分かったら、不安は一気に払拭され、気持ちは俄然登山モードになる。
登山靴を履いて、登山の準備を整えて、いざ磐梯山へ出発である。

雪と氷の裏磐梯登山ルート

スタート地点の裏磐梯スキー場のゲレンデ

今回はNさんの提案で「裏磐梯登山ルート」を登ることにした。

このルートは、磐梯山の噴火壁を見ながら登れるというルートで、いわゆる「表(八方台登山口)」から登るルートよりも険しく、道のりが長い。Nさんいわく、その噴火壁がとてつもない絶景だとか。それを聞いたら、少々険しくてもこのルートを登りたいと思った。

まず、裏磐梯スキー場の駐車場に車を停め、スキー場のゲレンデを登っていく。すると、噴火口と磐梯山頂(銅沼・あかぬま)方面へ分かれる分岐があるので、これを噴火口方面へ……行くはずが、いきなり道を間違える。間違えに気づいたのは、銅沼に着いた時。銅沼の景色に感動して間もなく、あれ?これコース違くね?と間違いに気づいた。それはそうだ。私たちが行くべきコースには、銅沼があるはずがないのだから。
だが、このルートは周回コースできるので、そのまま銅沼方面から登ることにした。

銅沼からの景色。これまた絶景

先に進むにつれ、足元が悪くなっていった。

銅沼を過ぎたあたりから、徐々に足元が悪くなった。
雪解けのせいで、ぬかるみがひどい。さらに進むと、ぬかるみどころではなくなり、雪そのものが登山道にひっついている。踏み跡がそのまま凍った状態になっていて、やたらと滑る。アイスバーン状態で、つるつるである。山頂まではまだだいぶ距離があるはずなのに、今からこの状態であるから不安になる。しかも、新しい踏み跡が少ない。

ということは、登山者が少ないということだ。もう磐梯山はシーズンオフなのか?
本当にアイゼンは必要ないのか?このまま登って無事下山できるのか?様々な不安が心を包み込む。
冒険好きのHも、今まで幾多の山を登ってきたMも、「これをまた下るんでしょ?」と不安を隠せない。

不安を抱えたまま登っていると、下山者グループに遭遇した。先ほど駐車場で会った人ではない。登山者は他にもいたのだ。その人たちの登山靴には、ばっちりアイゼンが装備してあった。

私「やっぱり、この先はアイゼンがないと厳しいですか?」

不安をそのままぶつけてみる。

下山の人「そうですね。頂上までの道が相当滑りますよ。でも、登山靴を思い切り蹴りこめば行けるかも?」

やはり、この先は更に道の状態が悪くなるらしい。悪い予感は的中した。しかし、登山靴を蹴りこむようにして踏み出せば活路はある?そんな方法があるのか、ないのか。あったとして、通用するのか。

弘法清水の山小屋。

その後、どうにかこうにか(本当にどうにかこうにか)凍った登山道を登り切り、弘法清水へ辿り着く。
弘法清水から頂上までの登りは、雪がなくても30分かかる。雪があるのは明白なので更に時間を要するだろうし、何よりこれまでの道のりで私たちは体力的にも精神的にも疲弊しきっていた。場合によっては、頂上を諦めて下山することも考えねばならない。

Nさん「とりあえず、ここで一旦休んでから考えよう」

Nさんの提案通り、ここで昼休憩を済ませることにした。ひとまず、山小屋に入って暖を取った。山小屋には他にも登山者がいて、その足元を見ると、アイゼンを装備していたり、いなかったり。中には長靴を履いているおじさんもいた。

山小屋から出て、外で火をおこし昼食を摂っていると、ちょろちょろと登山者がやってくる。その度に登山者の靴を見ると、やはりアイゼンを装備していたり、いなかったり、である。女性でもノー・アイゼンの人がいて、これは私たちでもいけるかもしれない、と希望を抱く。その中に、今朝方駐車場であったソロ登山者の男性もいた。どうやら既に登頂したようで。また話しかけてみる。

私「アイゼンなしで大丈夫でしたか?」

ソロ登山者「登りは何とかなりますよ。下りも気を付ければ、何とか。頂上までの道は幅が狭いので、草木を掴みながらいけば大丈夫です」

登りは今までも氷の道を通ってきたから、何とかなりそうだとは思っていた。不安なのは下りであった。やはり、下りは厳しいか。でも、この人はアイゼンなしで登り、下りて来たではないか。
ならば私たちでもいけるのか、いけないのか。

ソロ登山者「年末にはソロで槍ヶ岳行こうかと思っていて」

おおぅ。レベル高っ! 槍ヶ岳を、ソロで、しかも冬山! そもそもこのソロ登山者と低山ばかり登ってきた私とでは、登山レベルが違いすぎるのだ。この人の意見は参考までにしておかないと、痛い目に遭うかもしれん。

私「ちなみに、下山路はどちらでいきますか? 私たちは銅沼から登ってきたんですけど」

ソロ登山者「噴火壁から登ってきましたけれど、急ですよ。滑りますし。下りも銅沼からがいいのでは?」

ああ、念願の噴火壁が。銅沼ルートは樹林帯で眺望がそこまでよくなかった。それに、今までひいひい言いながら登ってきたあの氷の道を、再び戻るのか。しかも、下りながら。余計滑るではないか。

山頂へと続く道。ここから登山道は更に凍っていて、より滑りやすくなっていた。

Nさん「とりあえず、頂上登って下りてから考えよ!」

どうしたものかと迷っていると、Nさんの「とりあえず」発言が飛び出した。私たちは頂上目指して、再び氷の道を歩き始める。頂上までの道は、今までよりも幾分急で、氷の割合も多かった。ソロ登山者さんの言う通り、道の脇に生えた木などを掴んだり、踏み跡のない雪に足を下ろしたりと(踏み跡がない場所は凍ってないから滑らない)、工夫を凝らして登っていく。

山頂手前。

確かに登りはどうにかなりそうだ。でも、下りのことを考えると恐ろしい。恐ろしいから、考えないことにして、ひたすら頂上目指して登ることにした。足元を普段以上に意識して登ったせいで、いつもより数倍疲れた。気も遣うし、筋力も使う。頂上までの約500mが、とても長く感じた。

磐梯山頂

そうして、ようやく頂上にたどり着く。頂上付近の岩場には、あまり雪はなかった。快適に歩を進め、ピークを踏む。標高1816.29m。福島を代表する名峰であり、日本百名山の一つでもある磐梯山に登頂したのだ。

登頂した直後は雲が多く、視界も悪かったが、しばらくすると雲の切れ間から素晴らしい景色が少しだけ顔を見せてくれた。檜原湖、猪苗代湖、櫛ヶ峰など、すぐ近くの湖や山だけであったが、その姿を見ることができた。それだけでも充分だった。何も見えないままよりは、かなりマシだ。

今まで登ったどの山よりも、達成感があった。でもそれは束の間であることを知っていた。下山のことが気が気でならない。弘法清水までの道のり、それに、そこからの下山路をどうするか。

頂上には登山者の数がけっこういて、やはりそこでも登山者の足元を見てしまう。この人はアイゼンあり、この人はなし……3人に1人くらいの割合で、アイゼンなしであった。アイゼンがなくても、下山できるものなのか。登ってきた様子だと、そんなことはできそうもないほどに登山道は凍っていたが。頂上をさほどゆっくりすることなく後にして、いざ、下山。

やはり、下りは登りとは比較にならないほどの恐怖を感じた。こんなの無理、と戦意喪失した私は、尻をついて恐る恐る下っていく。尻をついても、つるつると滑ってしまい、時にはそりにでも乗っているかのように、また、滑り台を滑るかのごとく、つーっと滑り降りることもあった。

おっかなびっくりの私を尻目に、同僚のHとMはひょいひょいと下っていく。「下りのコツを掴んだ」とH。そんなものがあるのか、こんなつるつるの道をひょいひょいと下りるコツが。そのコツとやらをその場で聞けばいいものを、その時の私は聞く余裕もない。いや、例え聞いたとしても、実行に移す勇気がなかったであろう。私は腰が引けたまま、ゆっくりと下山を続けた。その姿たるや、我ながら何と情けないものか。そして、姿だけではなく、発言も情けないものばかりだった。

「こんなの無理だ、死んでしまう」

そんなことばかり嘆きながら下山していた。ゆっくりと下りていても、時折つるっと足を滑らせて転んだ。すると、通りかかった下山者に「助けてあげたい」なんて情けの言葉をかけてもらう始末。ああ、何とも情けなや。そして、その下山者の履くアイゼン付きの登山靴の羨ましいことといったら、もう。

やっとのことで弘法清水まで下りて来たはいいが、次は下山ルートを選ばねばならない。登ってきた銅沼を通るルートか、それとも噴火壁を通るルートか。銅沼ルートは一度通ってきた道なので勝手はわかる。勝手はわかるが、その厳しさもわかる。あのつるつるに凍った道を、今度は下るのかと思うと気が滅入る。噴火壁ルートは未知の世界だ。ソロ登山者の言うことにゃ、滑る道な上に急であるという。しかし、絶景の眺めが待っている。

弘法清水で悩んでいると、長靴を履いたおじさんが通りかかる。

私「その長靴で頂上まで行ったんですか?」

長靴おじさん「そうですね」

何食わぬ顔でおじさんは答えた。

(うそでしょ、登山靴でもつるつるだったのに、長靴なんて)

Nさん「その長靴はやっぱり特別な長靴なんですかね?」

Nさんもやはり、長靴で先ほどの氷の道を歩くなんて到底無理と思っていたらしい。

長靴おじさん「いや、別に普通の長靴ですよ」

おじさんの答えに一同唖然とする。やはり、Hの言うように滑る道を下りるコツがあるのか。
それはそうと、下山ルートのことを聞かねばならん。

長靴おじさん「噴火壁ルートは急で滑る場所は何か所かあるけれど、そこを抜ければアイゼンなしでも行けるんじゃない?景色で選ぶなら、絶対噴火壁だね」

おじさんの希望を持たせるような発言である。でも、私としては半信半疑だった。さっきだって、行けると聞いて来たものの、大変な思いをしたじゃないか(まぁ、行けたけれど)。

Nさん「よし、とりあえず噴火壁で行けるところまで行ってみようか」

ああ、やはり。Nさんの「とりあえず」は結局最後まで行くことになる。
覚悟を決めて、噴火壁ルートを下りることになった。

絶景の噴火壁ルート

弘法清水から下ってすぐのあたりから。櫛ヶ峰。

弘法清水から下るとすぐに、噂の絶景は待っていた。

櫛ヶ峰がほぼ全体見渡せる。その美しい岩稜の姿に、思わず立ち止まりしばらくの間見とれてしまう。さらに、噴火壁。これまたすごい。一切の植物がそこにはなく、変色した岩のみで形成された景色である。ここは本当に日本か。そんな疑問を抱くほどの風景であった。さらにさらに。下山を始めると雲が薄くなり始め、遠くの景色も見渡せるようになっていた。西の方には、真っ白に染まり切った白く大きな山の連なりが見える。これがまた、大迫力である。

雪をかぶった山脈が遠くに。

スケールが、まるで違う。低い山ばかりの茨城に住む私には、そこから見える景色のすべてがこの世のものとは思えないほどに美しく感じた。なんて素晴らしい景色だろう。私とNさんはカメラを持って、その景色を夢中になって撮影した。一通り撮影すると、今度は自分の目に焼き付ける。せっかく現地にいるのだ、レンズ越しではなく、生の姿を少しでもこの目で眺めていたかった。

磐梯山頂を振り返る。

噴火壁ルートには、思っていたほどに雪はなかった。下り始めて少しの間、やはり滑る場所はあったが、頂上からの恐ろしく滑る道を歩いてきた私たちには、もはや何とかなると思えるほどであった。滑る不安や恐怖よりも、景色への感動が圧倒的に勝っていたせいかもしれない。

噴火壁①

噴火壁から②

相変わらずHとMは、ぽんぽんと走り抜けるように下山していた。この二人には、景色よりも下山のスポーツ性が面白いのだろう。HとMに先を行かせ、私とNさんはゆっくりと景色を眺めながら後を付いていった。

土石流ポイントから見た櫛ヶ峰

すると、土石流が流れた後のような岩ばかりの開けた場所に出る。そこから後ろを振り返ると、櫛ヶ峰がでんとそびえていた。空はきれいに晴れ渡り、櫛ヶ峰の稜線がくっきりと浮かび上がっている。圧倒的な存在感があった。

Nさん「地球じゃないみたいだね」

私「宇宙ですね(*´▽`*)」

Nさん「猿の惑星だ。見ろ。そこに猿が二匹いる(といって、先をぐんぐん進むHとMを指す)」

私「本当ですね(笑)」

さっきまでの雪道の恐怖はどこへやら。今は目の前の絶景に感動するばかりである。

Nさん「今思えば、あの雪の道もいい経験になったよね」

私「ええ、まぁ」

Nさん「これで少しくらいの雪ならば登れるってわかったね」

私「…………いや。山に雪があったら、アイゼンなしで登るものではないってわかりました」

雪の山は、アイゼンなしではアンゼンに登れない。
そのことを身をもって体験できた磐梯山登山であった。