野良本 Vol.24 いま、地方で生きるということ / 西村佳哲(ミシマ社)

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地方で豊かな暮らしを実現するには? 体現者たちのはなしを読む

私の「いま、地方で生きるということ」

うちの仕事は、祝日も仕事だから5月の連休はないし、年末年始も最低限の休みしかない。けれど、夏休み「だけ」は長い。今年なんかは9日間も休みがある。普段は土日が休みだから、2連休は当たり前だけれど、祝日が仕事だからそれ以上の休みというのは滅多に、というか、まずない。

まさに、年に一度のバカンス。なのに、今年の夏休みは収束しないコロナ禍と台風の影響で、予定が軒並みつぶれている。私が住む茨城県では、私の夏休みに合わるかのように8月6日に県独自の緊急事態宣言が、続く8月8日にはまん延防止等重点措置が発令された。皆同じ思いをしているのだろうが、せっかくの休みの予定がこのような形でつぶされてしまうと、何とも形容しがたい気持ちになる。

こんな時はどうしよう?持ち帰ってきた仕事があるにはあるけれど、1日もあれば終えられる量だ。コロナ禍を生き抜いてきたのだから、「家時間」を有効に使う術は持っている。いや、そもそもコロナ関係なく、インドア大好きな(アウトドアも好きだけれど)私としては、これはこれでいいのかもしれない。

何より溜まりに溜まった積読本がある。こういう時こそ、これらの本を消化すべき!なのだが。こういう時に限って、私は案外本を読まない。読む時間がない時は頑張って時間を作って読む癖に、時間があると読まない。我ながら天邪鬼である。

天邪鬼ゆえに、人と違うことをしたくなる。「だから」なのか、何なのか。22歳の時、私は「地方」で生きることを決めた。

「地方」とは「故郷」の茨城県水戸市である。縁もゆかりもある土地だから、近年流行の「地方移住」とはまた異なる。「地方で生きること」を決める前の私は、東京に4年ばかり住んでいた。憧れの地、東京。日本の文化が、いや世界の文化が集まる街。若かりし頃の私は、テレビドラマやファッションの影響をおおいに受けて、ただただ、「東京」に憧れていた。

高校時代にまるで勉強をしなかった私は、東京の大学に進学なんてことは夢のまた夢だったので、専門学校という手段で東京進出を果たす。母親が公務員だったので、「公務員になりたいから、公務員の専門学校に行く」と言うと、親は金を出してくれた。ただ東京に住みたかっただけなのに。とんでもない息子である。私が親ならば頭をひっぱたいて延々と説教を垂れてやりたい。

東京生活は、それなりに華やかだった。夜遊びもしたし、恋もした。やりたいことにもチャレンジした。それはファッション関係の仕事だった。うまくいきそうに思えたが、挫折した。単に私の考えが「お子ちゃま」で「甘さ」があったからだ。それからは、何となく東京で過ごした。人の波に流されるように、生きていた気がする。

そんな時、水戸にいる母が倒れた。「なんでもない」と電話では言うが、親が倒れるなんて初めての経験で、戸惑った。そして、思った。母親が大変な思いをしているのに、私はここ(東京)で何をしているのだろう?と。確かに私のやりたいことは、東京にあった。東京にいなければできないことだった。でも、それって。東京に甘えていやしないか?本当にやりたいことならば、地方にいたって自分の力で道を切り拓けばできるのではないか。

みんながみんな東京に集まる。東京で暮らす。東京で仕事をする。その波に、抗いたくなった。やっぱり、天邪鬼だからだろう。「脱・東京」を志し、茨城の実家に戻った。

それからはずっと茨城で暮らした。戻った当初は東京シックとでも言おうか、東京が恋しくて恋しくてたまらなかった。ネオンの光、人の群れ、最先端の文化。私はそこから外れてしまったのだ、と。

いつからだろう?「茨城がいい」と思えるようになったのは。たぶんそれは、コレといったタイミングがあったワケではなく、茨城にずっと住んできて、茨城の人々に触れあってきて、少しずつそう思うようになった。この土地と人が、好きになっていった。最近その思いは、確固たるものになっている。この土地で暮らしていくという、本当の決意ができた。覚悟と言った方がいいだろうか。とにかく、22歳の時にした「地方で生きていく」決意とは明らかに違うものだ。

ミシマ社刊「いま、地方で生きるということ」

以上が、らくご舎版の「いま、地方で生きるということ」とでも言おうか。本書には、かのような(本に出てくる人々はスケールも大きいし、質も大変すばらしいが)「地方」で豊かに暮らす人々の声を拾い上げたインタビュー集である。初版2011年8月16日だから、ちょうど東日本大震災があった年だ。

震災が様々なショックを私たちに与えたのは、言うまでもない。津波、倒壊、原発事故。電気とガスの供給が止まり、私たちの生活も止まった。「日常」が倒壊し、波にさらわれてしまった。そのショックが収まりきらないうちにインタビューは実施されている。

地方で豊かに暮らす人々の言葉には、力があった。

「みずから一歩踏み出す力をつける教育です」(冒険教育とは?の質問に対して)
「ないものから、あるものをつくること」(イーハトーブ北上川自然学校代表・塚原俊也さん 神奈川県→宮城県)

「地域ではないなあ。土地でもないね。場所というより『機会』みたいなものかな。自分は『機会』に身を置いて、そこで暮らしている感じがする」(自分が生きていく場所をどう考えている?に対し)(節目ごとに自分の呼び名を変える人・川北ありさん 大阪府生まれ)

「”いわゆるオーガニック”には抵抗があるんです。ただ安全だとか有機とかじゃあ、なんだか原発の路線に近くなってしまう。”嘘がない”というか、変に奇をてらわずにつながっていくというか。そんな関係性の中で、本当にオーガニックな状態になること、有機的になることが大事だと思うんです」
「食べることだけじゃなくて、すべてにおいて循環的な関係をつくっていきたい」(宮城県登米市のカフェGATIの柴田道文さん 宮城県登米市生まれ)

「自分たちが引き継いでいかないと消えちゃうものなんだな」
「なによりも大事にしたいのは家族」(「ねおす」柏崎未来さん 岩手県釜石市生まれ)

「自分の感性と身体で動いていく”生命としてのナチュラルさ”は普遍的なものだと思っている」
「それまでの時間をどんな質で過ごせばいいのか?ということを教えてくれるのが、僕の場合『馬』なんです」
「応答と反応は違うんです。たとえば馬も力づくでかかわれば反応はする。でもそれは、心を殺して従順になるか、恐れを感じて逃げるかなんです。応答じゃない」(遠野山・里・暮らしネットワーク 徳吉英一郎さん 神奈川生まれ→岩手県遠野市)

「あの人たちに認められるような生き方をしたいと思えた」
「『地域活性化というけど、それは地元の人たちが自分の街にいかに誇りを持つかということなんじゃないか』と話しているのを聞いて『あ、そうだな』と思った」
「秋田を肯定したいし、肯定されたい。秋田からはおそらく出ないと思います」(デザイナー・矢吹史子さん 秋田生まれ)

「やっぱり地域に誇りを持って暮らすことが、豊かさなんだなって。経済的な意味合いとは違う豊かさは、どれだけその場所に誇りを持てているかということと、身近な人をどれだけ尊敬できているかということ」(ココボラトリー代表・笹尾千草 秋田県生まれ)

「ふるさとを守っていくのは自分たちなんだよ」(写真家・酒井咲帆さん 兵庫県生まれ→福岡)

「まちづくりに対する彼のスタンスは、まず『当事者になる』こと」(田北雅裕さんについての説明文で。著者:西村佳哲さん)

「僕は『将来こうなりたい』っていう目標がないんですよ」(九州大学院専任講師・デザイナー・プランナー:田北雅裕さん)

「僕らは仕事や関係性において、まだかなり農耕民的に縛られていると思う」
「人は生かし生かされるものだし、人間関係を全否定するのはおかしい。けれど、それがすべてではない」(東京生まれ→屋久島在住・星川淳さん)

以上「いま、地方で生きるということ」から引用

この「いま、地方で生きるということ」を読みながら、気になった言葉があると本の項の角をペコリと折って印をつけておいた。(本好きに怒られそうだ。だが、本当の意味で本を読むというのは、本の内容を自分のものにするためのものであり……ここではやめよう)その印の部分を書き出してみた。書き出していると、部分的に再読していることになるのだが、そこでまたいいこと書いてあるなぁと思う。だから、ここに書き出したのはほんの一例であり、本を読んで想うこと、感動することなんて人それぞれなので、興味を持った方はとりあえず手に取ってみてほしい。

本の詳細

 

いま、地方で生きるということ

著者 西村佳哲
発行者 三島邦弘
版元 ミシマ社
定価 本体1700円+税
ISBN 978-4-903908-2B-1
初版 2011/8/16
第4刷 2015/12/11