団地の壁画を見ながら……アートな散歩(2025/10/12)
つくばの自然薯の店でたらふく昼食を食べた後、腹ごなしに散歩をすることになった。
「どこを散歩したい?」
「人混みは嫌だな。かといって、何もないところも嫌」
妻は相変わらずお姫様なコメントを返す。
「そうだな、じゃあ……」
その日の天気は曇り。暑くもなく寒くもなく、身体を動かすにはちょうどよい気温。昼食を腹一杯に食べた後だったから、身体を動かすべきタイミング。今まさに、我々は散歩を「すべき」時なのである。
そこで選んだ散歩スポットが、取手市の戸頭(とがしら)団地だった。
取手アートプロジェクトうんぬんがあって(詳細は記事最後のリンクより)、戸頭団地のアパートの壁面には絵画が描かれている。噂には聞いていたが、まだ実際に見たことがない。妻はこうしたアート作品にあまり関心がない人だから、これを見に行きたいと言っても嫌がられるに決まっている。
ならば。腹ごなしの散歩と偽って、これを見に行くのはどうだろう。周辺を適当に歩けば、散歩としても成立はする。そんな思惑があって、取手市に向けて車を走らせた。
「へぇ、ほぉ」
壁画を見る度に感嘆の声を漏らしながら、一棟一棟、壁画の写真を撮って歩くことの楽しさといったら。迫力がある絵、というわけではなく、団地に溶け込むような絵が描いてある。描かれているのは、団地の扉、洗濯物を乾かす風景、戸頭のバス停など、界隈の生活風景ばかり。大きなアート作品を見ると圧倒されることが多いが、この壁画を見てもそういう感じはまるでしなくて、のほほんとした気分になった。

《At home》
団地の中を歩いていると、団地に住んでいるらしき人々とすれ違う。
缶ビールを飲みながら歩く初老の男と、中年の男。二人とも小太りな体系、顔つき、眼鏡をしていて、瓜二つ。この二人は親子だろうな、などと想像し、二人の会話に耳を澄ませる。
「その体系でそんなものばかり飲んでいたら健康に悪いでしょ」
中年の息子らしき男が、初老の男を諭す。初老の男はうやむやな返事をしながら、酒を飲み飲み私たちの横を通り過ぎて行った。
「親子だな、あれは完全に」
あまりにそっくりな親子であることと、そのやり取りにおかしさを感じて、妻に共感を求めた。
「そう?」
「似ているじゃん。見た目もそっくり」
「そうかな?」
夫婦の会話はかみ合わない。通り過ぎた親子の会話よりも、酷いものかもしれない。
続いて褐色の肌をした、美しき女性二人とすれ違う。異国の方々と遭遇するなんて珍しいことでもなんでもない、と思うようになったのはいつ頃からだろう。二人の女性があまりに美しいので凝視したいところだったが、世間の目と妻の目があるので素知らぬ振りをして通り過ぎた。
他にも。
自転車を停めてスマートフォンを操作する若い女性、買い物袋を持って歩く老人、スポーティな出で立ちでウォーキングをする老人、子どもを連れて歩く家族。すれ違う戸頭団地の人々は壁画を既に見慣れてしまったのか、見向きもしない。アートが人々の生活にそれだけ馴染んでいる、といえるのかもしれない。
ふと、妻の横顔見ると、如何にも不機嫌そうな顔つきをしている。
「(求めていたのは)こういう散歩じゃない」
「あれ? 違ったかな? じゃあどういうところを散歩したい?」
白々しく、私は聞いた。
「かわいい雑貨屋が並んでいるようなところを歩きたい」
妻よ、茨城にそんなオシャレな街はないぞ、と思いながら、「じゃあ、あとちょっとだけ歩いてそういうところを探そうか」となだめる。
ふと、団地の建物に目を移す。鉄筋コンクリートでできた5階建てだが、エレベーターがある気配はない。
「この5階には住みたくないね。水とか重いものを持って5階までの階段を上がるのはしんどいよ」
「確かにね」
妻の言葉に同意する。結婚以前に妻が住んでいたアパートは3階建てでエレベーターがなかった。妻はその3階に住んでいた。3階までの階段は、重いものを持っていなくてもそれなりにきつかった。
実際に、戸頭団地の6街区から4街区(壁画が描かれているエリア)のアパートは、1階から3階までの埋まり具合は良いが、4階5階の空きが多いように見えた。
そうして、公民館の近くまで歩いて、お目当ての壁画を眺める。Book climbingと名付けられたその壁画には、立体的な本棚が壁に取り付けられ、壁面に梯子と人が描かれている。

《Book climbing》
梯子に登って本を取ろうとする人、椅子に座って本や新聞のようなものを読む人、ドアの上や詰まれた本の上に座って本を読む人、屋根に吊るされたロープのようなものにぶら下がって、本棚の本を取ろうとする人。
その壁画のふもとにある公民館をのぞくと、図書室があって、本棚がずらりと並んでいた。図書室の側にある、本をテーマにした壁画。周辺の建物と関連性があってとてもいい感じ。何より私は書物が好きである。
「ん~~~、いいね~! これが見たかったんだよね」
とはスマートフォンのカメラで壁画を写す。アングルを変えて、また写す。距離を変えて、また写す……その傍らで、我が家の戸頭(コトウ…一家の主を指す。この場合は妻)が早く帰りたそうな顔で私を見ていた。
「散歩、楽しかった?」
車に戻り、妻に聞くと、
「次は何かあるところを歩きたい」
「いや、あったでしょ?」
「壁しかなかった」
どうやら妻にとっては、アートな壁画も「ただの壁」に見えるらしい。私と妻の間にある「感性の壁」を感じた散歩だった。

《美しい住まい — UR都市機構》

《扉の向こう側》

《Sometime》
参考ページ
「IN MY GARDEN」(イン・マイ・ガーデン)プロジェクト(取手市)
アートのある団地 上原耕生「IN MY GARDEN」(取手アートプロジェクト(TAP=Toride Art Project))
戸頭団地壁面作品群「IN MY GARDEN」12作品の紹介(注)作品は最終的に15作品(取手アートプロジェクト(TAP=Toride Art Project))
関連図書
基礎自治体の文化政策 まちにアートが必要なわけ (文化とまちづくり叢書)


芸術文化と地域づくり──アートで人とまちをしあわせに

