内田百閒先生が「御馳走」にまつわるあれこれを書いた随筆集
御馳走
さて、御馳走と聞いて何が思い浮かぶだろうか。
西洋料理のフルコース?
それとも高級料亭の会席料理?
御馳走は、特別な料理である。
「特別」なのだから、日常の食事とはちょっと違う、グレードの高いものを連想するはずだ。
また、人によっては、寿司だのブランド牛肉だのおふくろの手料理だのを御馳走と呼ぶ。愛する人の手作り料理なら何でも御馳走だ、なんて取ってつけたようなのろけを言う人もいなくはない。
内田百閒の「御馳走帖」は、いろんな意味での「御馳走」についての随筆集である。書き手が百閒先生なのだから、ただの「御馳走」の随筆で収まる訳はない。
最初の二編こそ、「薬喰(牛肉のはなし)」「食而(西洋料理のはなし)」と御馳走らしい内容であったが、三編目にして「菊世界」とくる。これは、タバコのはなしで、幼少期からタバコを吸い続けた百閒先生にらしい御馳走である。
続く「解夏宵行」はスイス人のフンチケルさん宅で度々御馳走を御呼ばれしたはなし。
「饗応」は訪問先で呑み食いするつもりがないのに食事を出されると迷惑だというはなし。
「林檎」はお金がない時代に林檎を買おうと思って果物屋に行った時の店主とのやりとりのはなし、
「沢庵」は御馳走の後に沢庵とお茶漬けを食べて口の中をさっぱりさせたい、東京や京都の沢庵と岡山の沢庵は違う、というはなし。
「雷魚」ははたはた、雷魚、アミなどちょっとした珍味のはなし。
「百鬼園日暦」は百閒先生の一日の食事のはなし。
「謝肉祭」は月に三日間、精進日として肉も魚も食べないが、その翌日は謝肉祭として肉を食べるというはなし。
「酒光漫筆」は酒飲みのはなし(酒飲みのはなしはたびたび出てくる)。
「三鞭酒」はシャンパンのはなしあれこれ。
「芥子飯」はなけなしの10銭で食べたライスカレーのはなし。
「河豚」は学校教師時代の部長と河豚を食べたはなし。
「養生訓」は医者のいいつけをやぶって酒を飲むはなし。
「白魚漫記」は地元・岡山の白魚のはなし。
「検校の宴」は宮城検校(道雄)のはなし。
「蒲鉾」「おから」……などと続く。
一見、「御馳走」とは程遠そうな名前も目につくが、それはヒマラヤ山系氏の解説にある通り、「御馳走帖という本は戦後すぐ、御馳走どころか食べる物のろくろく手に入らなかった昭和21年に、ザラ紙のハリガネ綴、定価20円で出ている」ことから、その理由は推し量れる。※その後、20年後に改訂版「新稿御馳走帖」が出て、昭和40年以降の随筆を加えたのがこの「御馳走帖」である。
解説後半には「戦後すぐの掘立小屋の時分は、シャアシャアというのが何よりの御馳走だった。(略)フライパンにバターを引いて鶏肉をいれるとシャアシャアと音がする。それがその時分の御馳走だった」とある。
「御馳走」は、時代によっても変わるのだ。
山系氏の解説には、「百閒先生はけっして食通とか美食家というのではなく、おいしい酒肴をととのえてお膳を賑やかにするのが好きで…」とも書いてある。確かに、膳の上が賑やかであれば、御馳走感は増す。品数が多くても、やはり「御馳走」である。
とにかくお酒好きだった百閒先生だから、「麦酒」や「三鞭酒」のように酒の名前が題名になくても、お酒の話はちょくちょく出てくる。お酒への執念と戦後の給仕のはなしがうまいことつながれた名随筆「一本七勺」、とことん酒を飲み酔っぱらった様子が描かれた(もはや乱痴気騒ぎである)「御慶」よろしく、お酒自体が御馳走であるのだろう。
そして、「阿房列車」の著者・百閒先生らしい「列車食堂」「車窓の稲光り」や日本郵船株式会社嘱託時代の「船の御馳走」「バナナの菓子」などにあるように、旅先や旅の途中で食べるのもまた「御馳走」か。
こうしてみると、「御馳走」とは何とも幅広いものだ。世の中は御馳走で溢れているように思える。
では、私の御馳走は何なのか。寿司、ハンバーグ、ステーキ、ミルクレープにぷりん。
菓子処ふるさわの大福、本陣の焼き鳥(しろ)、もつ焼き長兵衛のもつ焼き、松喜吉の冷しスタミナ、与三郎庵の天ぷらそば、梅欄のやきそば、勝田苑の焼肉。かりゆしで沖縄料理を食べながら泡盛飲むのも最高。
旅先の旅館で食べる料理もいい。ビジネスホテルの朝食だって、御馳走に思える。山頂で食べるごはんは、カップラーメンとて御馳走になる。畑で採れたての野菜を食べた時も、御馳走を食べた心地がする。
こうして思い返してみると、私の生活も御馳走で溢れていた。
道理で、気を抜くとすぐに太ってしまう訳だ。
(3ヶ月で8キロ太ったあとダイエットをしているのだが、それでも一向に体重が変わらないのは、この御馳走たちのせいだろう)
腹の肉をつまみながら御馳走帖について書いていたら、独りごち(り)そうになった(ごちってはいない)。
今回紹介した本
- 出版社 : 中央公論新社
- 著者 : 内田百閒
- 発売日 : 1996/9/18
- 文庫 : 403ページ