川の流れに身を委ねられない那珂川ロング・ツーリング記 後編
大冒険は、案外近くに潜んでいるかも?
人生初の「沈」を体験し、嘲笑の的になった私。笑われているうちに着替えが到着し、ツーリングはリスタートとなった。「沈」のパニックから落ち着いた私だが、まだ難所がひとつ残っているのをお忘れなく。「沈」スポットから少し漕ぐと、すぐに最後の難所がやってきた。
その難所を前に、緊張が走る。(また沈したらどうしよう)そんな不安を抱かない訳がない。沈したら冷たいし、ライフジャケットを身に付けているとはいえ川に流されるのは怖いし。それだけなく、時間を大幅にロスしてしまう。先ほどの沈から再びコースに戻るまでに、少なくとも15分~20分くらいは時間が過ぎていた。私が沈することで、皆のゴールも遅くなってしまうのだ。山本さんは最初にゴール到着を最終16時半と言っていた。その時間を過ぎると季節が季節だから暗くなってしまい、ツーリングどころではなくなってしまう。何より、陽が沈めば猛烈な寒さがやってくるに違いない。ここは川の上。陽が出ていても寒いのに。沈して濡れた私はそれこそ凍死しかねない。
最後の難所を目の前にして、そんな不安に駆られている私を余所に、前を行く山本さんが声をかけてきた。
「最近、仕事はどうですか?」
え、今その質問ですかぁ~?
今お応えしなきゃいけませんか~?
目の前に瀬が、最後の難所が来てるんですけど!
そのように返すと「緊張をほぐそうと思って」と山本さん。和みますわ、そんなの!
心は和めど、瀬は変わらずにやってくる。バシャンバシャンと激しく波打つ川面。その波に抗いながら進むマイ・カヤック。
途中何度か沈の危険に晒されるも、そこは山本さんの教え通りに「瀬は姿勢を低くして」みる。すると、カヤックがグッと安定して、沈を防ぐことができた。先程の沈の後に、ベテラン・カヤック乗りさんから、足のステップの位置を修正した方がいいと言われていて、それをしたことで膝でカヤックの軌道を修正することができたのも良かったのかもしれない。
何にしろ、最後の難所をクリアした。あとはゴールを目指すだけ!……って、ゴールまであと何キロ?
距離を測っている人に尋ねてみたら○○キロですと返ってきた。○○の数字は忘れたが、絶望的な数字だったことだけは覚えている。とにかく、緊張の連続ですっかり疲弊した身体と心に、「もう無理」と思わせる数字だった。それでも、悪いことばかりではない。この最後の難所を越えると、あとは緩やかな道のりならぬ、川のりが続くという。もう、沈の心配はないのだ!やった!もうゴールしたも同然だ!と喜んだのも束の間であった。
緩やかなコースは、最初はよいよい、次第にツライ。流れが弱い分、しっかりと漕がないと前に進まない。何のアトラクションもないから漕いでいて飽きがくる。そして、そんな平坦な道が延々と続くのは、思いのほかキツイ。尾瀬ヶ原、日光男体山、縄文杉……今まで延々と歩く経験はしてきたが、延々とカヤックを漕いだ経験はない。未体験の領域である。果たして、そんなに長い時間カヤックを漕ぎ続けられるのだろうか(いや、ない)。
先々を考えると辛くなるだけ。とにかく! 瀬のない川の散歩をゆったりと楽しもうではないか! と心を入れ替えた。難所を越えてしばらくは同行者のO澤親分やマグナム先生とじゃれ合いながら(マグナム先生は度々私に二度目の沈をさせようとしてくるので油断できない)、また、他のツアー参加者とおしゃべりしながら和気藹々とカヤックを漕いでいく。私たち3人以外のツアー参加者の中には、他県から来た人も数名いた。茨城県と隣接した千葉や栃木はまだわかる。でも、長野って。そんなに遠くからわざわざカヤックを漕ぎに来ているのか。このツーリングの偉大さを改めて感じた。
そうこうしているといつの間にかゴール間近に…なんて都合良く事が運んでくれればいいものを、現実はそうもいかない。漕げども喋れども、大洗の海らしき風景はまだ先の様子。地元民であるから、周囲の風景でおおよその位置はわかるのだ。よく見る市街地の建物が見えると、最初は「おー!○○だ!」なんて喜んだものだが、そのうち「え、まだここなの?」と思うようになる。あまりにゴールが遠いので、次第に疲れてきて皆無言になってくる。
それでも漕がねばゴールに着かない。ゴールに着かねば温かいお風呂にも入れないし、たらふくご飯も食べられない。ベッドで疲れた身体を横にすることもできやしない。だからひたすら、パドルを漕いでカヤックを前に進める。漕いでは休み漕いでは休み、時折背筋を伸ばして(カヤック漕ぎは腰にくる)。どうしたら速く進むのか、疲れないで漕げるのか、そんなことを考えながら、漕ぐ、漕ぐ。そうしているうちに、ベテランカヤック乗りさんが声を挙げた。
「あ、かんぽの宿が見えた!」
果たして、「かんぽの宿」とは何なのか。そして、それは一体何を意味するのか?
ベテランさんに聞くところ、かんぽの宿とは宿泊施設で、そこからは大洗の海と那珂川、そこへ架かる海門橋を眺めることができ、露天風呂もあって、それはそれはいいお宿とのことで…なんて観光的な情報が出てくる訳もなく。
「かんぽの宿のすぐ近くに赤い橋があって、そこがゴールなんですよ」
なんと!ゴールが見えたも同然とのこと!
更に少し漕ぐと、ゴールらしき赤い橋も見えてきて。あれがゴールですね?そうなんですね?
「いや、実は今見えてる赤い橋の先にもう一つ赤い橋があって」
うわ、ちょっと落胆。しかし、ゴールが間近に迫っているとわかると、皆の気力が蘇ってきた。マグナム先生やO澤親分は、私よりもマッチョなのでぐんとスピードを容易に上げる。かたや私はゴールが見えたならゴールしたも同然と、ゆったりと漕ぎ出す。このへんが、日常生活に「違い」をもたらしているのかもしれない…O澤親分はラーメン屋を立派に切り盛りしているし、マグナム先生は共同経営者みたいな感じだし。かたや私は……なんて、非日常(カヤック)から日常(仕事)に思考が戻されそうになるが、(まあ、いいか)と持ち前のお気楽さで非日常の世界にカムバックする。「そういうところなんだよ、らくご舎くん」などと言われそうだが、せっかくカヤックを漕ぎに来ているのだ。大事なことかもしれないが、それは「今」考えるべきことではない気がした(どの道あとでも考えないけれど)。
私の思考が日常と非日常を右往左往とし停滞していても、パドルを漕げばカヤックはゴールへ向かって進んで行く。手前に見えた赤い橋を過ぎると、かんぽの宿がその全容を表し、大洗水族館アクアワールドの姿も見えた。さて、ようやくゴールかと思いきや、マリーナに戻る船が起こす波にビクビクさせられる。序盤にあった瀬とは違い、少し大きくて緩やかな波が搭乗しているカヤックを揺らす。波は緩やかでも、揺れは大きく、怖い思いをさせられる。ゴール直前で「沈」は勘弁である。
そうして、ようやく、本当にようやくたどり着いたゴール地点。カヤックを陸に上げ、私自身も大地の感触を足の裏で確かめると、一際大きな達成感に包まれた。御前山の赤い橋から、海門橋-大洗水族館まで約50キロ。フルマラソン以上の距離を、私はカヤックで漕いできたのだ。振り返ってみると、途端に胸が熱くなる。そしてこみ上げてきたのは……涙ではなく、寒さであった。ベテランさんにお借りしたハイスペックなスーツで上半身は暖が取れたが、下半身はずぶ濡れのまま漕いでいたのだから、それもそのはずである。
それから。
このカヤック・ツーリングから、数週間が経った。仕事中、那珂川に架かる橋を車で通行することが何度かあった。その度に、このツーリングの日のことを思いだす。不安いっぱいで迎えた朝、瀬のスリル、沈による混乱と寒さ、長時間に及ぶパドリングの試練、ゴールした時の達成感。本当にいろいろなことがあって、大変な思いをしたけれど、今では「チャレンジしてよかった」と心から思う。普段何気なく通り過ぎていた川が、こんなにもスリルがあって、キレイな景色が見渡せて、優雅な気分にしてくれて、それでいて苛酷なものだったなんて。とんでもない大冒険をした気分である。
自然には、冒険が隠されている。通勤中に見る山や川を、いつも遠くから見ているだけでは勿体ない。小さな山や川だって、便利な機械に頼らずに自分の力でその自然に飛び込んでみると、思いもよらぬ大冒険が待っているかもしれない。