関東近郊の巨木・ご神木をセレクトしたガイドブック「神様の木に会いに行く」
何となく、木が好き
私は木が好きだ。しかし、「木」についてまるで知らない。
この「木が好き」は、「何となく好き」の部類であり、それは好きだからといって特別に勉強した訳ではなく、特別な経験をした訳でもなく、本当にぼんやりと、何となく「好き」なだけである。
私の中でこの「何となく好き」は他にもあり、例えば「星」だったり(数年に一度、プラネタリウムに行くくらい)、「岩」だったり(奇岩とか好き)、「旅」であったり「絵画」であったり…エトセトラエトセトラ。
要するにどれもこれも「中途半端」にすら達していないが、それでも好きか嫌いかで答えれば間違いなく「好き」であって、でも好きな理由を問われた場合、その答えは「何となく」なものであって。
ただ「何となく」であっても、「木が好き」の場合は「何となく」の輪郭が少しだけハッキリしている。
木の中でも大きな木が好きである。巨木とか巨樹、大木と言われる木である。神社などにある神木は大抵長生きしているから巨木の範疇になる。巨木や神木と呼ばれる木には、奇異な様相をしているのもあって、それがまたたまらなく好きである。特に、木にできた大きなコブなんて見ると、触りたくなってしまう。
私は時折山に登るから、その際に変わった形の木を見つけると写真に撮ってきた。変わった形の木には、名前の付けられた木もあれば、そうでないものもある。
その姿は、まさにアート。しかも、人間の力が加わっていない、自然の力で作られたアートであるから、より神秘的である。どうしてこのようなカタチになるんだろう?と不思議に思う。
その不思議さが、神秘さが、不可解さが、私の「木が好き」な理由の大きな部分を占めているんだろう。
そんな私にぴったりの本を、数年前に書店で見つけた。
「神様の木に会いに行く(東京地図出版)」がそれである。何ともどストレートなタイトルの本であるが、どストレートゆえに惹かれた。
この本には、関東近郊の巨木・ご神木がカラー写真付きでつづられている。
その木々の奇異なることよ!
例えば、東京都東小岩の善養寺にある「影向の松」。
太く大きな枝が広範囲に広がっているであろう姿が写真から想像できる。その広がりは、南北28mの範囲にも渡っているというから、すさまじい。
例えば、千葉県館山市の「沼のビャクシン」。
写真では、大きすぎてその全容を拝むことはできないが、そのボコボコした樹皮の奇怪さといったら!
例えば、埼玉県飯能市の「高山不動の大イチョウ」。
ツララのように垂れ下がった気根は、神様が宿って変形したかのよう。
他にも、栃木県佐野市の「丸嶽山神社のケヤキ」、同じく茂木町の「九石のケヤキ」、同じく鹿沼市の加蘇山の「千本かつら」、神奈川県鎌倉市の「建長寺のビャクシン」、同じく秦野市の「鶴巻の大ケヤキ」、静岡県の伊豆町にある「シラヌタの大杉」、同じく熱海市の「来宮神社の大クス」……などなど、樹木の生命力の凄さと、それによってできたアートな姿は、もはや「木」の範疇を超えている。
特に!見開きで写真が掲載されている静岡県島田市の「智満寺の十本スギ」と長野県辰野町の「小野のシダレグリ」はやばい、ぱない、マジまんじ(死語?)。
アートすら通り越した宇宙生命体のような木のカタチをしていて、写真を見ているだけでも圧倒されてしまう迫力がある。
ちなみに、我が茨城県では、
・波崎の大タブ(神栖市)
・鉾杉(大子町)
・地蔵ケヤキ(取手市)
・西蓮寺大イチョウ(行方市)
・三浦杉(常陸大宮市)
・安良川の爺杉(高萩市)
・法龍寺のイチョウ(大子町)
・猿喰のケヤキ(常陸太田市)
が紹介されていた(猿喰のケヤキがすごい!)。
こうして、ぼんやりと写真を見ているだけでも、心が躍り、木を見る旅に出かけたくなる。
……のだが、未だどの木も見に行っていない。
住んでいる茨城県の木ならすぐにでも見に行くことができるのだが、それすらもやっていない。
そのへんが、「何となく」の領域を脱しない理由なんだろうなぁ。
今回紹介した本
- 出版社 : マイナビ(東京地図出版) (2009/8/1)
- 発売日 : 2009/8/1
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 125ページ
「神様の木に会いに行く: 神秘の巨樹・巨木・ご神木の聖地巡礼」を購入する