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妻と竹林 -若竹の杜 若山農場で竹林ライトアップ

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若竹の杜 若山農場 – Bamboo Winter Lights 2025 -@栃木県宇都宮市でライトアップされた竹林を見てきた(2026/1/3)

夕暮れた空の反対側の薄い暗闇に、ぽっかりとまぁるい月が浮かんでいるのを見つけた。妻を横に乗せ、車を運転しながら私はこう言った。

「月がきれいだね」

ロマンティックな一言に、言った本人が酔いしれる。言わずもがな、この一言には”I Love You”の意味を込めた。尊敬する夏目漱石先生の訳にならって。

かたや、言われた妻の反応はない。

聞こえなかったと思い、もう一度。

「月がきれいだよ。見てごらん」

「わかったよ。さっき見た。運転中なんだから前を見て」

ごもっともな一言だが、なんかこう、もうちょっとあってもいいじゃないか、と思いはしたが、これがツンデレな妻と結婚した者の定めである。

 

チャットモンチーの「8㎝のピンヒール」の歌詞を思い出す。

「月を見て奇麗だねと言ったけどあなたしか見えてなかった」

素晴らしい胸キュン(なんか死語っぽい)恋愛ソングでチャットモンチーの中でも大好きな曲だが、私たち夫婦の場合は男女の立場が逆であり、

「月を見て奇麗だねと言ったけどあなた興味を示さなかった」。

想いの一方通行というのは、いくら年を重ねても悲しい気持ちになるもんだ。

この日、私は妻と久しぶりのデートをした。近頃、引っ越しだの年始の行事だのでバタバタしていたので、夫婦でゆっくり過ごす時間がなかった。そんな最中に迎えた元旦。新年早々に私たち夫婦はちょっとした喧嘩をした。理由は些細なことなんだが、喧嘩のきっかけなんていうのは些細なものであるのが常で、大事なのはその過程にあるのも常である。

「イルミネーションでも見に行かない?」

仲直りした後に、妻をデートに誘ったわけで。近場のイルミネーションをググったところ、栃木県宇都宮市の若山農場で行われている竹林のライトアップ「-Bamboo Winter Lights 2025」の紹介記事を見つけた。

妻に勧めてみたが、イルミネーション好きのはずの妻なのに、さほど乗り気ではなかった。「竹林」のイメージが地味だったか。それでもしぶしぶ誘いに乗ってくれた。

妻にとっては地味なイメージであっても、私にとって「竹林」は魅力的なワードだった。竹林というなんとも麗しき言葉の響き。青々として、つるっとした竹の姿は凛としていて美しい(竹林ならぬ竹凛)。

しかも、行くのは夜である。夜の竹林なんて、生まれてこのかたは言ったことがない。海、山、森、街…夜になると万物は昼とは違った表情を見せる。果たして夜の竹林はどんなだろう。

さらに、その竹林が照明によって照らされているというのだから、魅力的以外の何物でもない(私には)。

竹は、そのたくましすぎる繁殖力生命力ゆえに、近年、竹害なんて言われて人々の生活をおびやかす存在になっている反面、竹布、竹炭、竹紙、バイオマス燃料など、竹を有効利用しようとしている企業もある。

「月か。かぐや姫だな」

車窓から見える月を見て、これから行く竹林を思い浮かべ、そうつぶやいた。我ながらうまいこと言った、文化的な連想をした、と自画自賛したものだが、やはり妻の反応は特別なものではなかった。

若山農場に着いた時には、あたりはすっかり暗くなっていた。暗い駐車場に車を停めて外に出ると、ぴきっとした寒さを感じた。

「寒い、寒い」と言いながら、受付へと小走りで向かう。受付には客が数名待っていて、私たちはその後ろで「寒い、寒い」と言いながら待つ。

妻は、手と手をこすり合わせて寒さを表現する。その仕草は、元旦に行った笠間稲荷神社で行列に並んでいる時もしていて、その時に妻が「ハエみたいでしょ」と言っていたのを思い出して、思わずくすりとしてしまう。

「またハエになっちゃったの?」と聞くと、「そうだよ。私がハエならアナタはゴキブリだね」などと言う。相変わらず、ツンツンな妻である。

「初詣に行って神社の前でコレをやっていたらね、妹(妹家族も一緒に初詣に行った)に『めっちゃ必死に拝んでいる人みたい。どれだけ願い事あるんだよ』って言われてさ。たしかにね!と思って!」

楽しげに妻が言う。

「そうなんだ。あはは!」

妻が楽しそうな時は、私は相槌を打って共感を示せば良い。そうすれば、妻の機嫌を損なうことなく、攻撃されなくて済む。長年連れ添っている私だからこそできる、妻の対応術である。

受付を済ませると、係の人が竹林の歩き方を説明してくれ、提灯を渡してくれる。これを持って夜の竹林を歩くのか、風情があるなぁと感心する。

このようなものは、女子が持ちたがるだろうと思い、妻が受け取るのを待っていると、果たして妻は身動き一つしない。ならば私が、と提灯を受取り、夜の竹林へ向けて歩き出す。

「提灯持たなくていいの?」

「だって、手が冷たいじゃん」

提灯を持つためには、当然手を外に露出せねばならない。妻はコートのポケットに手を突っ込みながら、そう言って笑った。

程なくして。光を放つ竹林のオブジェたちが私たちの前に現れた。

「おお、これは!」

「すごーい!」

どこに連れて行っても、滅多なことでは感動しない妻が感嘆の声をあげていた。二人してスマホを取り出し、光る竹林を撮影する。

私のスマホのレンズに切り取られた竹林は、なぜだか肉眼で見るそれよりもだいぶつまらなく写っている。一方、妻のスマホのレンズで切り取られた竹林は、肉眼で見るそれよりもあるいは美しく写っていた。

わかってはいたが、スマホの性能の違いだ。私のTorque5gのカメラは、このような時にまるで役に立たない。

「あなたのはスマホじゃないからね。それはスマホに似たおもちゃだ!」

妻にそんな風に罵られても、Torqueシリーズが好きで使い続けているのだが。

こんな時こそ、自慢のイチデジ(自慢にならないけど)canon 8000Dを持ってきて使えば良いのだが、あいにく広角に撮れるレンズが故障中で……。

「私が撮ってあげるよ」

珍しく妻がやさしい言葉を発したので、お言葉に甘えることにした。

「じゃあ、これ撮って」「あれ撮って」「それも撮って!」

と場面が変わる度に妻に撮影をねだる。

そのうちに、「これは撮る!」と私が言わずとも妻が自ら進んで写真を撮るような、素晴らしい場所もあった。

ハートが好きな妻(乙女)は、ハート形に光る竹の切り株に出くわした時などは「この角度はダメだな。こっちの角度の方が……」などと言いながら何度も何度も写真を撮っていた。

「もうそろそろ先に進もうか」と促しても、

「ちょっと待って」と言うことをきかない。

(まったく、こんなことなら……ここへ妻を連れてきてよかったなぁ)

初めての竹林イルミネーションは、落語・初天神のオチとは逆の展開になった。

夜の竹林散歩を終えて受付で提灯を返す。受付そばに飾ってあった竹で作られたランプシェードに二人の目が留まる。

「かわいい」

「かわいいね、これは」

普段は趣味が全く合わない二人だが、この時は珍しく意見が一致した。

「何よ、マネしないでよ」

妻がチクりと言うが、意に介せず。

「買おう」

売店に吸い寄せられるように入っていき、お目当てのランプを購入した。喧嘩をしてチクチクと胸を刺していたトゲが、取れたような気がした。

 

竹林といえば。森見登美彦先生の竹林文学「美女と竹林」。

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Bamboo Winter Lights 2025 の写真(妻撮影)